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スルメメソッド

スルメのようなサウンド

この記事はスルメではなく、ビンテージ・フェンダー・サウンドについて書いた記事だ。

さて、世の中には聴けば聴くほど味が出てくる曲を指す「スルメソング」、音源を指す「スルメ盤」などの表現がある。
これは噛めば噛むほど味が出てくるというスルメになぞらえた表現だが、今回私が「スルメ」という言葉で表現するのは旨み成分の「凝縮」である。

巷で「枯れた音」と評されるビンテージ・フェンダーのサウンドは、スルメが水分を失って美味しくなるように、ギターから余計な振動や信号が抜けて旨みが凝縮された音だ。
端的に言えば、ビンテージ・フェンダー・サウンドはスルメのようなサウンドなのである。

ちなみにスルメを形容詞的に使ってサウンドを表現することは、既にどこかで誰かがやっていそうなものだが、Googleで「ギター スルメ サウンド」で検索しところ、少なくとも私が見た上位75件の検索結果には出てこなかったことを申し添えておく。
旨味の凝縮という意味では別に他の干物やドライフルーツ、熟成肉でも良かったのだが、日本人にはとても馴染みの深い食べ物であるスルメであれば、この言葉に込められた意味も皆理解しやすいと思う。
スルメを解さない海外の友人達にはドライフルーツ・メソッドとでも伝えて欲しい。

ビンテージギターに起きているのは振動や信号のロス

ギターの話に入ろう。
木材は経年で驚くほど収縮する。ピックガードに使われているセルロイド、ニトロセルロースが主成分の塗膜は経年による変化の激しい素材だ。ピックアップに使われているファイバーの反りや金属素材のサビ、クッションの劣化、コンデンサの容量抜けやポールピースの減磁等、経年であらゆるパーツに何かしらの変化が起きると考えていい。

当然、長期間演奏されることによる変化もある。演奏によって影響を受けた部分、例えば特定の周波数の振動によるネジの緩みやプレイヤーの汗、これらの影響を受けた部分は一定の変化を経た後に安定したり、行き着く所まで行って交換されたりする。パーツ同士が長期間接していたことで固着してしまうこともあるが、こうした変化が楽器の個性をさらに特徴的なものにしていく。

ギターの状態変化によって引き起こされているのは基本的には振動や信号のロスだ。

振動や信号が失われた結果、そのギターに固有の特徴的な成分だけが残った状態になる。スルメで言えば水分が完全に抜け切った状態だが、これこそがビンテージギターの状態だ。各部が馴染み、そのギターが肩に力を入れずに発音出来る骨格だけの状態、適度にデフォルメされた状態と言っても良いと思う。

フェンダーの設計思想

日本のメーカーは精度の高い加工技術と現場での「カイゼン」が強みだ。特に日本のギターメーカーはネックポケットの精度に並々ならぬ情熱がある。
ただ、アメリカンなモノづくりの輸入にあたっては、加工精度よりも設計思想を大切にしなければいけない。敵を知り己を知ることが勝利の秘訣である。ビンテージ・フェンダーに魅力を感じるのであれば、レオ・フェンダーの設計思想は大切にしたいところだ。

レオの設計したギターでは、トレモロを搭載していないテレキャスターや、ネックポケットのザクリが浅い初期のストラトを除けば、ネックポケットに角度を付けることは重要な設計思想のひとつだ。

後にマイクロ・ティルト・アジャスト機構を発明し、それをミュージックマン社まで持って行ったことからも分かるように、レオはネックとボディの接合には並々ならぬこだわりを持っていた。だが、そのこだわりはネックとボディの密着度を高めることではなく、ネックに適切な仕込み角を付けることにあった。レオが目指したのは彼の設計したトレモロユニットの性能を100%引き出すことだった。

よく考えてみれば分かるが、マイクロティルトを発明するよりも、ネックポケットを斜めに加工するジグを考える方がずっと簡単だったはずだがレオがそれをした形跡はない。そこにメリットを感じなかったからだ。角度を付ける方法としてはシムを挟むことで十分であったし、マイクロティルトを発明したのは弦を張った状態でネック角を調整するためだ。

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かく言う私も長らくシムは悪いものだと勘違いしていたし、加工精度を重視する日本人的な感性ではなかなか受け入れ難い事実だと思うが、なんのことはない、ビンテージ・フェンダーのサウンドを再現したいと思ったら、ネックポケットのシムはあった方がいいのだ。サスティンは多少犠牲になるかもしれないが、ネックポケットに隙間があることで失われる振動、これはビンテージ・フェンダーのサウンドに不可欠な要素である。

予期しない経年劣化

コンデンサや配線材、各種金属の違いがサウンドに大きな影響を与えているのは周知の事実だが、振動という観点で見た場合、セルロイド製ピックガードの反りや収縮は経年劣化の中でも代表格だ。
プリCBSのフェンダーもネジ穴を増やしたり、アノダイズドガードを採用したりとピックガードの変形については試行錯誤していたが、現存する多くのビンテージ・フェンダーで多かれ少なかれピックガードは収縮、変形し、ボディから少し浮いた状態になっている。

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最近のギターではそのほとんどが経年による影響を受けにくいPVC材に置き換わっており、ピックガードとボディの密着度は高い。フェンダーギターではピックガードがかなりの面積を覆うため、ピックガードの密着具合でギターの振動が変わるのはよく知られた現象だ。
特にギターを弾きながらネックの横に配置されているネジを締めたり緩めたりすると、ピックガードの密着具合によるサウンドの変化を強く感じることが出来る。
オールドフェンダーはピックガードの変形によって振動をロスしていることが想定される。

こうした振動面の大きな変化に加え、ピックアップのマグネットの減磁、スポンジやゴムの劣化等によって、振動と信号に設計思想にはない小さな変化が重なる。基本的に信号は弱まり、振動は逃げていく方向性だが、例えば各種ネジが固着して回せなくなるなど、パーツによっては全く逆の状態に変化することも考えられる。

スルメ・メソッド

表題のスルメメソッドは、振動や信号をロスしないように工夫してきた従来のギターセットアップを180度転換し、あえて振動や信号のロスを発生させることでギターの持つ美味しいところを凝縮、ビンテージ・フェンダーのようなスルメサウンドを目指す方法論だ。失うことで得るものもある、という言い方は格好良すぎる気がするが、実際それに近いアプローチだ。半信半疑の方にはまずは厚めのシムを挟んでみること、ネック近くのピックガードを固定しているネジを緩めてみることの2点をお勧めする。

秋の夜長に、スルメを噛みながら愛機を調整するのはイカがだろうか?(イカだけに。)

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