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赤方偏移10.957銀河GN-z11の分光同定

銀河GN-z11からの静止系UV輝線が検出されて,本当だとするとこの銀河の赤方偏移10.957である,といった報告をしている論文がNature Astronomyに出ていました.
https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/2020arXiv201206936J/abstract

赤方偏移11は宇宙年齢で約4.2億年に相当します.現在の宇宙年齢は約138億年なので,そのわずか3%程度しかない頃の早期の宇宙にある銀河ということになります.

これまでに人類が見つけた(かつちゃんと赤方偏移が分光観測で決まった)天体の中で最遠.

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https://hubblesite.org/contents/news-releases/2016/news-2016-07.html


このGN-z11という天体については,以前こちらのOesch et al. (2016)で,ハッブル宇宙望遠鏡のスリットレスグリズム観測によってLyman breakが検出されたかも,と報告されていました.
https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/2016ApJ...819..129O/abstract

ただ,そのLyman breakのS/N(信号雑音比)はそれほど高くなかったため,GN-z11は人類がこれまで見つけた中で最遠の天体「かもしれない」という位置づけになっていました.

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スリットレス分光で得られたGN-z11の近赤外スペクトル(Oesch et al. 2016, ApJ, 819, 129, Figure 5).波長1.5umくらいから長波長側だけでシグナルがあって,そのあたりに赤方偏移したLyman breakがあるかもと考えられていました.


その後,すばる望遠鏡の採択プログラムリスト(こちらこちら)でこの天体に対する分光追観測が予定されていることを知り,結果がとても気になったことを覚えています.これらの観測プログラムのPIは東京大学の柏川教授

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そしてあるとき,この分光観測結果を報告していると思われる,どこかの研究会での講演スライドをキャプチャしたXiaohui Fan氏によるツイートがタイムラインに流れてきて,マジか!,っていう.


ただ,このツイートを見かけて以降なかなか論文が出てこなくて,もしかしたら論文はNatureやScienceあたりに投稿したけれどレフェリーとのやりとりに苦労しているのかなと思ってました.噂や憶測はちらほら耳にしてましたが,ちゃんとした情報は知らなくて,それでようやくNature Astronomyに出たことをarXivで知った形です.NatureやScienceに投稿してたけれど,いろいろあった結果なんとかNature Astronomyから出すことができた,という感じなのでしょうか.

ちょっと気になったのは,この論文の共著リストに,発見論文の主著のPascal Oesch氏がいないこと.一緒にやっていると思い込んでたのですが.そもそもそうではなかったのか,それとも途中まで一緒にやってたけれど分光観測結果の解釈などをめぐって何かあったのか.後者を可能性を考えてしまうのは私だけでしょうか.

それで,今回の論文で検出が報告されている輝線ですが,スペクトル図を見る限り,CIII]やOIII]といったUV輝線がぎりぎり見えてきたかなって感じ.これらの輝線とされるもののうちCIII]1909はたしかにそれっぽく見えますが,他も含めてあまりS/Nは高くないので,独立な研究グループによって検証されるのが望ましい印象です.

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GN-z11の[CIII]1907, CIII]1909と考えられるあたりのスペクトル(Jiang et al. 2020, arXiv:2012.06936, Figure 2).

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GN-z11のOIII]1666と考えられるあたりのスペクトル(Jiang et al. 2020, arXiv:2012.06936, Extended Data Figure 3).OIII]1661は非検出とのことなのですが,0.1661*(1+10.957) = 1.986umなので強い夜光があるわけではなさそう.期待されるOIII]1661/OIII]1666から非検出がもっともらしいかどうかの議論も欲しい気が.


CIII輝線の等価幅(Equivalent Width, EW)が,過去に見つかっている銀河と比べてけっこう大きいのも気になるところです.AGNからの寄与を入れたり,炭素組成比を大きくしたりすると説明できるようですが,そもそもこんなhigh-zにAGNいることとか,炭素組成比が大きいこととかのもっともらしさはどうなんでしょう.

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CIII EWと金属量の関係(Jiang et al. 2020, arXiv:2012.06936, Figure 3).赤丸がGN-z11(金属量は0.2Zsunと仮定).三角は過去に見つかったCIII]の強い銀河.グレーの領域はきわめてCIII]の強いAGN(ただし金属量はわからない).黒線は普通のstellar population(Model 1).青線はModel 1に10% AGN寄与を加えたもの(Model 3).オレンジ線はModel 3で炭素組成比を大きくしたもの(Model 4).


独立した検証としては,単にKeck/MOSFIREで同じ波長帯を追観測してデータをまとめて解析し直すっていうのも考えられますけど,それだと退屈と思われるのでやりたがる人はあまりいなそう.

遠赤外線の[OIII]88umを観測できたら楽しそうですが,北天のGOODS-N領域にある天体なのでALMAで観測できないのが痛いです.

北天にはNOEMAがありますけど,z=11 [OIII]の周波数は既存バンドではカバーされてない.たしか[CII]158umはなんとか観測できて,すでに実際にGN-z11 [CII]158umデータは取得されているけれど,けっこう渋い結果なのを見た記憶があります.

まぁでも,JWSTが無事に観測できるようになったら,真偽はすぐに明らかになるでしょうか.GTO/ERSでGN-z11のMIRI分光とか予定されてるんでしょうか.誰かが何かしら観測する気がするので,JWSTが無事に打ち上がって観測が開始されることを祈ってます.最初のプロポーザル提出締め切りを迎えてから,特にそう思うことが多いような.

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https://www.nytimes.com/2020/07/16/science/nasa-james-webb-space-telescope-delay.html


あと,このGN-z11分光同定論文に加えて,GN-z11をMOSFIREで106回に分けて観測したKバンドデータの中で一度だけきわめて明るい(19.5 mag!)連続光が検出されたそうで,その検出報告と起源について議論している論文も同じNature Astronomyで出版されたようです.
https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/2020arXiv201206937J/abstract

このGN-z11-flashの連続光検出は疑いない感じ.

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GN-z11-flashとその前後2フレームで取られたスペクトル(Jiang et al. 2020, arXiv:2012.06937, Figure 1).


ただ,その起源が不明です.変光現象は周期性があるなど複数回起きるものでない限り追観測できないのがなかなか難しいところ.

著者たちは人工物や太陽系内天体といったいろいろな可能性を棄却した上で,発見期待値はきわめて小さいけれどlong-duration GRBなんじゃないかという議論をしているようです.

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https://en.wikipedia.org/wiki/Gamma-ray_burst

もし本当にGRBなら興味深いですけど,そんな偶然起きるでしょうか.X-Shooterなどの波長coverageのもっと広い観測装置だったらLyman breakでz=11かどうかはっきり分かったのかな.

この論文を受けて,今後この観測結果を説明しようとする理論論文がいろいろと出てきたりするのかな.

個人的には,太陽系内の移動天体の可能性をもう少し議論しても良い気がしました.著者たちはrule outしているように見えますけど.

連続光スペクトルを見る限り,移動天体でよく見られるような空間方向の広がり(ノビ?)はあまりないですけど,著者たちが書いているように波長分散方向に主に移動している天体ならほとんど広がらないだろうし(そうした移動天体をたまたまGN-z11の場所で観測してしまう確率も低そうですけど).

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青線はいくつかの波長でのGN-z11-flashのスペクトルの空間方向のプロファイル(Jiang et al. 2020, arXiv:2012.06937, Extended Data Figure 1).黒線はその近くにある明るいreference starスペクトルの同じ波長でのプロファイル.


この天体が移動している場合,他の天体のスペクトルで検出される可能性もあるわけですけど実際は検出されてなくて,でもスリットマスクは基本的にスカスカなので,検出されてなくてもそんな不思議ではなさそう.もし波長分散方向に主に移動しているなら,他のスリットに入らなかったこととも無矛盾か.

あと,観測された波長範囲はかなり狭いですけど,観測されたスペクトルを,反射された太陽スペクトルと比べるとどうなるか気になりました.GN-z11-flashスペクトルの傾きが得られているので,それとblackbodyを比べるとどうなのっていう単純な質問.

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GN-z11-flashのスペクトル(Jiang et al. 2020, arXiv:2012.06937, Figure 2).

あと,これが本当にz=11だとして,GN-z11のスペクトルに何か影響を与えないかが気になりました.このイベントの後ではCIII]輝線が強くなってたりしないでしょうか.

いずれにせよGN-z11-flashについても今後の展開に注目したいところ.


参考

https://subarutelescope.org/jp/results/2020/12/14/2919.html

https://keckobservatory.org/farthest-galaxy/

https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z0508_00090.html


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