ハリガネ・バリカタ・ネバーダイ
豚骨と硝煙の入り混じった臭い。換気扇はこのランチ帯ずっとフル稼働を続けている。派手な爆音の後ノイズに掻き消えたジミーの通信に、あたしは急いて階段を駆け上った。
「ジミーが逝った!あたしが出るけん岡持ば貸しちゃらんね!!」
赤カブの鍵を引ったくって厨房室に叫ぶ。オレンジ色のカウンターに仕切られた料理場は相変わらずの濛々たる湯気で高湿度だ。湯切りに神経を尖らせていた岡田がジロリとこちらを睨む。
「サチコ、お前、自分が達磨屋で唯一の製麺技能士だって事を忘れとらんやろうな」
「他のオカモチはみんな出前に行っとろうが。達磨屋の暖簾に泥ば塗るとね?」
岡田は黙ってテボを引き上げる。カキオカ2型の丸テボは綺麗な放物線を描いて、湯だった麺のしずくを飛び散らした。
達磨屋。チャカと魔法と修羅の国【ハカタ】においてその名を知らぬ者はない。
福博連合柳橋商会と第32市議会武闘派の小競り合いに端を発したこの泥沼の内紛にあって、達磨屋は最前線で敵味方区別なく補給を行う。
それはこの屋台要塞、達磨屋の鉄の掟。そしてこのランチタイムに主戦力であるジミーが抜けるのはヤバい。特に戦闘が激化しているここ数日の戦線では。
あたしたちはほんのしばし睨み合っていたが、黒電話の呑気なベルの音にハッとした。受話器を肩に挟み注文を受けながらソヨンさんが素早くキーボードを叩いている。
いつも流暢なハカタ弁で注文を取る彼女が慎重な敬語で言葉を探っているとなると、受話器の向こうにいるのは『厄介な常連さん』だ。
「注文は?」
「ネギモリカタサン、チャーシューベタヤワ」
「…綱場一家か。一番早いオカモチの帰還は?」
「シンちゃんが90秒後ね」
岡田は素早い動きで注文を捌くが、しかめっ面でどんぶりを睨んでいた。
「…無理はすんなよ」
あたしは大きく頷いてどんぶりを受け取ると、厨房室を飛び出した。
【つづく】
エッ?コーヒーおごってくれるんですかヤッター!!