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銀河のお話し(8) ハッブルはS0銀河を見ていた


お話の設定の説明です。

S0(エスゼロ)銀河

「さて、今日のテーマはS0(エスゼロ)銀河だ。ハッブルは銀河の形態分類をしたとき、楕円銀河と渦巻銀河の間にはギャップがあると感じた。そこで、両者の間に仮説的に導入したタイプ、それがS0だ(図1)。」

図1 銀河のハッブル分類。S0(赤い丸印)は楕円銀河と渦巻銀河を繋ぐ位置に導入された。 https://astro-dic.jp/hubble-classification/

「ハッブルはS0銀河のことを、どう考えていたんでしょうか?」
優子が質問した。
「大事な質問だね。ハッブルは分類図の説明に次のような文章を残しているので読んでみよう(図2)。

図2 S0銀河に関するハッブルの意見。 最初の3行の英文は『The Realm of the Nebulae』Edwin Hubble, Yale University Press, 1936, p. 45にあるハッブル分類の図の説明に出ている。

「まず、「S0は仮説的」と言っている。ということは、ハッブルはS0銀河を・・・」
「見ていないんですね?」
「そうなんだ。それから、あと二点。E7とSBa、E7とSaの間の連続性・不連続性について指摘している。これら三つの点を考えていくことにしよう。」
「はい。」

ハッブルはS0銀河を見ていた!

「ハッブルはS0銀河を見なかったんだろうか? まずは、この点だ。ハッブルが銀河の形態を調べたとき、どんな銀河を調べたか、例を見てみよう(図3)。」
輝明が映し出したスライドには12個の銀河の写真が並べられていた。

図3 ハッブルが銀河の分類に使った銀河の例。楕円銀河(赤)、渦巻銀河(緑)、棒渦巻銀河(橙)、不規則銀河(青)の例が示されている。 “The Realm of the Nebulae”Edwin Hubble, Yale University Press, 1936年, PLATE I and PLATE II https://hubblesite.org/contents/media/images/1992/28/84-Image.html?news=true

優子も輝明も、じっとこのスライドに写っている銀河を眺めた。5分ぐらい時間が経ったころ、優子が口を開いた。
「ひとつだけ、気になる銀河があります。」
「どれかな?」
「NGC3115です。
「楕円銀河でE7か・・・。これはおかしいね。」
「はい、おかしいです。」
「ちょっと、待って。NGC3115の形態分類が現在ではどうなってるのか調べてみるよ。」
輝明はネットを操り、あっという間に答えを見つけた。
「S0型だ。さらにエッジ・オンと書いてある。つまり、真横から眺めているということだ。」

http://ned.ipac.caltech.edu/byname?objname=NGC3115&hconst=67.8&omegam=0.308&omegav=0.692&wmap=4&corr_z=1

「S0かどうか、素人の私には判断できませんが、NGC3115が楕円銀河でないことはわかります。だって、銀河本体の両側に尖った構造が見えていますが、これは円盤の証拠だと思います。」
「ハッブル宇宙望遠鏡が撮影したNGC3115の写真を見つけたよ(図4)。」
「うわあ! 円盤がはっきり見えている! 絶対、楕円銀河じゃないです!」
優子は興奮して叫んだ。

図4 ハッブル宇宙望遠鏡が撮影したNGC3115 https://science.nasa.gov/mission/hubble/science/explore-the-night-sky/hubble-caldwell-catalog/caldwell-53/

「そうだね。円盤銀河を真横から見ているとしか思えない。ダストレーンも見えないので、ガスは少ないようだ。そうなると、渦巻もないだろう。ということで、渦巻のない円盤銀河。つまり、S0銀河だ。」
「じゃあ、ハッブルはS0銀河を見ていたんですね。」
「そういうことになる。」

扁平な楕円銀河E7型はあるのか?

「E7型って、本当に楕円銀河なのか、怪しいですね。」
優子が厳しい指摘をした。
「じゃあ、10分休憩にしよう。E7型楕円銀河の形態をチェックしてみるよ。」
輝明はパソコンに向かって調べ始めた。
そして、10分後。
「わかったよ。5個あるんだけど、全部がS0銀河だった(表1)。」
輝明の調査結果がスライドに示された。

現在の分類では、みんなS0に分類されている!

「ついでに写真も見ておこう.NGC3115以外の4個のE7型銀河の写真だ(図5)。」
「NGC3115もそうでしたが(図4)、どう見ても、楕円銀河じゃないですね。」
優子も納得顔だ。

図5 ハッブル分類で楕円銀河 E7型に分類されている銀河の写真。NGC 3115 は図4参照。 NGC 4111 http://www.spacetelescope.org/images/potw1616a/ NGC 4270 https://sh.m.wikipedia.org/wiki/Datoteka:NGC4270_-_SDSS_DR14.jpg NGC 4570 http://skyserver.sdss.org/dr14/en/tools/chart/navi.aspx NGC 5308 https://en.wikipedia.org/wiki/File:NGC_5308.png

ハッブル分類には修正が必要?

「いずれにしても、ハッブルが分類したE7型の楕円銀河はすべて円盤銀河だ。そうなると、E7型の楕円銀河はないことになるね。」
「楕円銀河の系列はE0からE6型でおしまいということですね。ただ、私たちがハッブル分類を修正していいんでしょうか・・・。」
優子は不安そうにつぶやいた。
「たしかに、おこがましいという感じはするね。何しろ、銀河の形態のハッブル分類は天文学者にとって、バイブルのようなものだ。
論文は日々量産されているんだろうけど、百年長持ちする論文は稀だ。ハッブルの偉業を認めない人はいない。」

ノーベル賞を受賞できなかったハッブル

優子は急に思いついたのだろう。輝明にひとつ質問をした。
「ハッブルはノーベル物理学賞を受賞したんでしょうか?」
「いや、もらっていない。」
「そうなんですね・・・。」
優子は少し残念そうだ。
「もし、ハッブルがノーベル物理学賞を受賞したのであれば、その業績はハッブル分類ではない。100年持っているとはいえ、銀河の形の研究に指針を与えただけだからね。もらうとすれば、彼のもうひとつの大偉業、宇宙膨張の発見だ。これは1929年のことだった。」
「宇宙膨張の発見はビッグバン宇宙論の提案に結びついた大発見なので、まさにノーベル物理学賞にはふさわしいですね。」
「実は、ハッブルはノーベル物理学賞の候補に選ばれたことがある。1953年のことだ。

https://www.nobelprize.org/nomination/archive/show_people.php?id=10529

「そうだったんですね! さすが、ハッブルさんはすごい!」
「ところが悲運が待ち受けていた。」
「?」
「ハッブルは1953年に亡くなった。知ってのとおり、ノーベル賞は亡くなった人に与えられることはない。」
「ハッブルさん、あの世で悔しがっているかもしれませんね。」
「ただ、受賞されなくてよかったかもしれないんだ。」
「どうしてですか?」
「ハッブルが宇宙膨張を発見したのは1929年。これはハッブルの独立発見だと長い間考えられてきた。ところが、ベルギーの物理学者ジョルジュ・ルメートルが独立に発見していたことが確認された。しかも、ルメートルの発見は1927年。ハッブルの発見より二年も早かったんだ。」
「いつわかったんですか?」
「これが確認されたのが、なんと2011年のことだ。つい最近という感じだね。詳細な文献調査の結果、確定したことだ。」
「ということは、もしハッブルが1953年に宇宙膨張の発見でノーベル物理学賞を受賞していたら、厄介なことになっていた。そういうことですね?」
「たぶん・・・。」
研究の舞台では何が起こるかわからない。優子も輝明も考え込んでしまった。
ふと我に帰った輝明は、提案した。
「ということで、続きは明日にしよう。」

「はい。」

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第一話 神保町の天文部で銀河を語るhttps://note.com/astro_dialog/n/n7a6bf416b0bc

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