銀河のお話し(1) 銀河は見かけによる
宇宙にはざっと 1 兆個もの銀河があります。私たちの住んでいる天の川銀河もそのひとつです。
銀河はとても大きい。天の川銀河の大きさは典型的な大きさは10 万光年(1光年は光が1年間に進む距離のことで、約 10 兆キロメートル)。そして、約 2000 億個もの星があるのです。太陽はそのひとつです。
銀河はさまざまな形をしています。天の川銀河は棒渦巻銀河ですが、銀河の形はどうやって決まっているのでしょうか? また、形は変わるのでしょうか? そもそも、銀河の形を見たら、何がわかるのでしょうか? 銀河の形にまつわるお話しを紹介し、銀河とは何かを考えてみることにしましょう。
ここでは、東京の神田神保町にある架空の高校の天文部での会話を中心にして、話を進めることにします。主な登場人物は次の三人です。
校長 本田陽一
天文部 部長(高校 3 年生) 星影輝明
天文部 部員(高校 1 年生) 月影優子
ただ、校長の出番は少なく、星影輝明と月影優子の二名が活躍する趣向にしてあります。それでは、お楽しみください。
第一話 神保町の天文部で銀河を語る
天文部
その私立高校は神田神保町にある。校門を出れば、古書店が立ち並ぶ通りに出る。たぶん、そのためだろう。学校の帰り道、古書店めぐりをする生徒は多い。校長の本田陽一はそのことを喜んでいた。
本田はもちろん読書家だ。「本を読むことは脳を鍛えること」これが本田の口癖である。そして切なる願いは、生徒にも読書に親しんでほしいことだ。校長室の窓から古書店街を眺めながら、学校を神田神保町に構えたのは正解だったと、いつも笑みを浮かべていた。
この高校には天文部がある。部員数は9人。各学年3名ずつだ。主な活動は、いわゆる天文談義である。東京の空の下、ビル街では、天体観望は望めない。それでも、月や明るい惑星である金星、火星、木星、土星などの観察を、天体望遠鏡で楽しむ観望派もいる。だが、やはり、大半の部員は天文談義派だった。
天文部の部室はない。しかし、校舎の二階の端にある理科実験室を使って良いことになっている。定例部会は毎月第三週の水曜日に行われる。ノー残業デイというわけではないが、毎月第三週の水曜日はなぜか午前中で授業が終わる。その日の午後は部活動や私的な課外活動など、自由にしてよいという方針なのだ。ただ、部活動をしていない生徒の方が多いのが実情だ。その日はさっさと神保町の古書店街に消える生徒が多い。それはそれで、よいことだ。
定例部会
猛暑の夏も終わりを迎え、秋めいたある日。天文部の定例部会の日がやってきた。この日、天文部の部長である星影輝明は部員向けの講演をすることになっていた。
午後1時半、輝明の話が始まった。今回の講演のテーマは銀河だ。銀河は月や惑星に比べると馴染みが少ない。しかし、宇宙を理解したければ、銀河は必須の重要な天体である。輝明はそのことを胸に秘め、部員たちに銀河の面白さを伝えたいと思った。
「皆さん、では、定例部会を始めようか。今日の話のテーマは銀河だ。」
輝明はパソコンでスライドショーの準備を整えた。これでオーケー。やや気合いを入れて話し始めた。
「多くの天文ファンは月や惑星に関心が行きがちだ。たしかに、夜空を眺めて見えるのは月や惑星、そして明るい星ぐらいだ。神保町なので、これは致し方がない。また、星座にも関心があるだろう。僕もそうだ。まあ、あまり信じてはいないけど、雑誌に出ている星占いは読む。しかし、皆さんは天文部員なので銀河にも関心があると思う。宇宙における基本的な構成要素は銀河だ。だから、銀河を知ることは宇宙を知ることになる。そこで、今回は銀河の世界をざっと見ていくことにしよう。」
輝明は最初のスライドを写した(図1)。
「まず、天の川銀河を簡単に紹介しておこう。」
「はい。」
「うわあ、ずいぶん綺麗な銀河に私たちは住んでいるんですね。」
優子をはじめ、部員たちは感動してスライドを眺めている。輝明も同じ感想だ。「渦巻もきれいだし、円盤の中央部には棒状の構造も見える。そのため、天の川銀河は棒渦巻銀河に分類されている。」
「棒渦巻銀河は珍しいんですか?」
優子が質問すると、輝明は間髪を入れずに答えた。
「そんなことはない。円盤を持つ銀河のうち、半数が棒渦巻銀河だ。つまり、天の川銀河はごく普通の銀河だってことだね。」
輝明の説明に優子はなんとなく安心した。何事も普通が一番いいように思ったからだ。
銀河のハッブル分類
「じゃあ、天の川銀河のことはこれでおしまいにして、銀河の説明を続けることにしよう。まずは、銀河のハッブル分類だ。」
輝明が質問する。
「この分類から何がわかるかな?」
悩みながらも優子が答える。
「ボワッとした形の楕円銀河と、渦巻がある渦巻銀河の二種類の銀河があるということでしょうか?」
「ボワッとしたという表現がいいね。」
「あとひとつ気になることがあります。」
「なんだい?」
「楕円銀河は横から見ているのに、渦巻銀河はほぼ上から見ているんじゃないでしょうか?」
「するどい! 実はそうなんだ。銀河を形で分類しているのに、見る向きが違うというのは、フェアーじゃない。」
「はい、そう思います。」
「優子の意見は正しい。そのとおりなんだけど、そこに銀河の形の分類の難しさがあると思ってもいい。」
「どういうことですか?」
「うん、銀河は見る方向によって形が変わる。だから、ハッブル分類を頭から信じちゃダメなんだ。」
「ええーっ?」
優子は驚いて声を上げた。
「天文学の教科書で銀河の説明をするとき、必ずハッブル分類の図が出てきます。でも、間違っているなんて書いてありませんよ。」
「そうなんだ。見る方向で変わると言ってしまえば、ハッブル分類は破綻する。でも、銀河の本質はつかんでいる分類でもある。楕円銀河にはない円盤構造があれば渦巻銀河、円盤がなければ楕円銀河。例えば、こんなふうに定義すればハッブル分類は銀河の性質を反映した分類になる。」
「ハッブル分類って、結構アバウトだったんですね。」
「そうだね。十人十色という言葉があるけど、「人」を「銀河」にかえても同じだ。実際のところ、銀河は一個一個形が違う。だから、あまり厳密な話をしてもしょうがないと思われていたのかも知れないね。」
「楕円銀河はあまり個性がないように思えますが。」
「そうだね。ところが、結構厄介なんだ。」
「どうしてですか?」
「例えば碁石はすごく平べったいね。真横から見ればE7より平べったいぐらいだ。ところが、真上から見たらどうなる?」
「円です。」
「つまり、E0だ。」
「そうか、楕円銀河の本当の形を見極めるのは難しいんですね。」
輝明は優子のために次のスライドを見せてくれた。碁石を見る角度を変えて示した図だ(図3)。
優子はつぶやいた。
「ダメだ、こりゃ・・・」
輝明は次回の予定を話した。
「今度からは、個別の銀河について解説していこう。最初はみんなのよく知っているアンドロメダ銀河だ。」
「はあい!」
アンドロメダ銀河ならよく知っている。優子は安心した。しかし、・・・。自分がいかにアンドロメダ銀河のことを理解していなかったかを、優子は知ることになる。
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