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銀河のお話し(15) 銀河の影絵(ダークマター・ハロー)の形はなぜ同じなのか?

「銀河のお話し」は前々回の第十三話で一旦完了しました。しかし、まだ説明していなかった重要なことが残っているので、今回はその補足としてダークマター・ハローと銀河の衝突のお話しをします。


お話の設定の説明です。

ダークマターに守られた銀河

「今日のメインテーマは銀河の衝突と、ダークマター・ハローだ。

「銀河のお話し 第三話 銀河の影絵」のところで、楕円銀河も渦巻銀河も、銀河本体より数倍もの大きさのハローに取り囲まれていることを話した(図1)。ハローは広がりとか、暈(かさ)のような意味の英語だ。このハローの主成分はダークマター(暗黒物質)である。ダークマターの正体はわかっていないけど、おそらく未知の素粒子だと考えられている。光とは相互作用しないので、残念ながら光を当てても影絵はできない。輝明の言いたいことは、「もし、影ができるとすれば、どんな銀河のハローも丸い影を作る」という意味である。丸い影を作るということは、銀河のハローの形状は概ね球の形をしていることになる。問題は楕円銀河も渦巻銀河もハローの形状が同じであることだ。両者の見た目は全然違うのにどうしてだろう? 」

図1 楕円銀河と渦巻銀河(円盤銀河)の基本的な構造。銀河の形は違うが、ハローの形状はほぼ同じで、球の形をしている。

落ちてくる銀河

 ダークマターの形を見る限り、楕円銀河と渦巻銀河を区別することはできない。銀河の形はなんで決まるのか? 優子は輝明に聞いてみることにした。
「楕円銀河になるか、渦巻銀河になるかは、何が決めているんでしょうか?」
「まだ、完全に理解されてはいないみたいだけど、ひとつ注意すべきことがある。それは「銀河は孤立した天体ではない」ということだ。」
「銀河同士がぶつかったりするということですね。」
「そうなんだ。銀河同士の衝突もあれば、衛星銀河が落ち込んでくることもある。衛星銀河というのは、ある銀河の周りを回っている比較的小さくて軽い銀河のことだ。例えば、アンドロメダ銀河にはM32とM110がそばにある。天の川銀河では、大小マゼラン雲がある。衛星銀河は数十億年の時間をかけて銀河本体に落ち込んでくるんだ。」
「銀河も大変ですね・・・。」
優子はひとりごちた。
「ハッブルが分類に使った銀河の中に、NGC7479がある。ハッブルはこの銀河の形態をSBcとしたけど、なんだか歪んで見えるだろう(図2)。」

図2 SBc型銀河の例として示されているNGC 7479。 NGC 7479の写真:“The Realm of the Nebulae”(E. Hubble, Yale University Press, 1936)に掲載されているもの(図3−2一番右下)。

「はい。確かに二本の渦巻は対照的には見えません。」
「この歪んだ構造は衛星銀河の合体でできたんだ。衛星銀河の質量は銀河本体の質量と比べると軽いので、銀河円盤に与える影響はそれほど大きくはない。しかし、大なり小なり、非対称な構造を形成することができるんだ。NGC7479の形と衛星銀河の合体のシミュレーションを比較してみよう。非常によく似ているだろう(図3)。」
「ほんとですね。驚きました。」

図3 (左)衛星銀河の合体の効果で非対称な構造が形成される様子(Quinn, P. J., & Goodman, J. 1986, ApJ, 309, 472にある図12の t = 46.2のパネルを反転し、90度回転させたもの)。衛星銀河(図中の星印★)の質量は銀河本体の質量の0.04倍である。(右)ハッブル宇宙望遠鏡が撮影したNGC 7479の光学写真。 NASA Hubble - https://www.flickr.com/photos/144614754@N02/49201013441/

衝突する銀河

衛星銀河が落ちてくる。それだけで、銀河の形は歪む。もし、同じような大きさ、つまり、同じような質量を持つ銀河とぶつかったらどうなるのだろう? これは大変なことになるのではないだろうか? そこで、優子は輝明に聞いてみた。
「NGC 7479の場合は衛星銀河が落ちてくる話でしたが、同じような大きさの銀河がぶつかることも、結構あるんでしょうか?」
「うん、実は大ありだ。次のスライドを見てごらん(図4)。」
「うわあ、これはなんですか?」
優子は唖然としてスライドを見つめた。

図4 ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した衝突する銀河。 https://science.nasa.gov/missions/hubble/nasa-cosmic-collisions-galore/

「これらはハッブル宇宙望遠鏡が撮影した衝突する銀河の例だ。」
「衛星銀河が落ちてくるどころの話ではないですね。」
「銀河は衝突で大きく形を変えつつある。この図の二段目の左端にある銀河の場合、もう二つの銀河は合体を始めて、ひとつの銀河になりつつある。」
「二つの銀河がひとつになっちゃうんですね。」
「ハッブルが銀河の研究を始めた頃は、近くにある銀河がその対象になっていた。そのため、衝突しつつある銀河は比較的稀で、ロス卿の話をしたときに紹介した「子持ち星雲」M51ぐらいだった。しかし、研究が進んでくると、衝突している銀河はたくさんあることがわかってきたんだ。」

渦巻銀河+渦巻銀河=楕円銀河

じゃあ、銀河同士が衝突したら、どうなるのだろう? 最終的には合体してひとつの銀河になる! それが自然な末路だ。優子はそう思った。銀河の衝突が頻繁に起こっているのなら、宇宙には合体した銀河がたくさんあることになる。優子は輝明に聞いてみることにした。
「二つの銀河が衝突したら、どんな銀河になるんでしょうか?」
「うん、ほとんどの場合、合体してひとつの銀河になる。もちろん、遭遇するだけで、また離れ離れになるケースもあるけど。」
「合体すると、元の銀河の形は消えるんですか?」
「たとえば、渦巻銀河と渦巻銀河が合体するとどうなると思う?」
「合体すると、大きな渦巻銀河になるのかなあ・・・。」
「残念だけど、違う。出来上がるのは大きな楕円銀河だ。」
「えっ? 「渦巻銀河+渦巻銀河=楕円銀河」ということですか?」
「そうなんだ。でも、円盤成分が残れば「渦巻銀河+渦巻銀河=S0銀河」ということもありうる。衝突のとき、銀河同士が持っていた軌道角運動量(軌道運動に伴う角運動量)が合体でできた銀河に受け継がれるので、回転成分が強く残る場合もある。ただ、渦巻は消えるのでS0銀河になる。」
「そういえば、天の川銀河もいずれアンドロメダ銀河と合体して大きな楕円銀河になるんでしたね。」
「合体の途中で、銀河の円盤にあった星々の軌道は掻き乱され、ランダムな軌道をとるようになる。そうなると、円盤ではなく、いろいろな方向に星が運動するので、多くの場合、楕円銀河のような構造になってしまうんだ。」
「そうすると、今の宇宙に見えている楕円銀河の大半は元をただせば渦巻銀河だったんですね。」
「その可能性は非常に高い。」
「銀河の形はホントに変わるんですね。」
「楕円銀河同士の合体の場合は、元々が楕円銀河だから、似たような形になっちゃうけどね。」
優子は頭がクラクラしてきた。
「そうなると、銀河の形を分類するのは、なんだか難しいというか、意味がないというか・・・・」
 優子は重要なポイントをついてきた。
「じゃあ、その話を次にしよう。」

すべての銀河は孤立銀河ではない

輝明はハッブル分類のスライドを今一度見せながら言った。
「このハッブル分類には大きな仮定がある。」
いったい、どんな大きな仮定があると言うのだろう。優子はドキドキしながら輝明の言葉を待った。
「それは「すべての銀河は孤立銀河である」という仮定だ。ハッブル自身、そのことを強く意識していたとは思えないけどね。でも、当時は銀河の衝突は稀なことだと思われていたことは確かだ。」
「でも、普通は、銀河は孤立していると思っているんじゃないでしょうか?」
この優子の意見は多くの人が感じていることだ。
「そうだね。実は僕だってそう思っている。なぜそうなのかって考えてみると、面白いことに気がつく。近傍の宇宙を眺めてみると、華々しくぶつかっている銀河の数は少ない。一見すると孤立している銀河の方が圧倒的に多いんだ。なぜ、そうなのか。実は、現在は銀河の進化が落ち着いて、穏やかな宇宙になっているからなんだと思う。そもそも銀河は今よりずっと小さなシステムとして生まれ、それらが多数合体して、現在観測されるような大きな銀河に育ってきた。その進化が落ち着いた時代。それが現在なんだ。

4D2U

輝明は新たなスライドを見せて説明を続ける。
「これは国立天文台のフォー・ディー・トウ・ユー、4D2U、という名前のプロジェクトが制作した銀河の進化のシミュレーションを見てみることにしよう。」
「フォー・ディー・トウ・ユー? それはなんですか?」
優子が聞くと、輝明はパソコンで国立天文台のフォー・ディー・トウ・ユーのサイトに接続してくれた。https://4d2u.nao.ac.jp

このサイトに次の説明があった。

空間3次元と時間1次元の4次元で最新の宇宙像を描き出す、それが4次元デジタル宇宙(4D2U)プロジェクトです。最先端の観測装置から得られるデータや、スーパーコンピュータによるシミュレーションデータを、立体視で科学的に正確に可視化することで、宇宙を「目の当たり」にすることを目指しています。

なるほど、4Dは四次元、four dimension の略だったのだ。優子は輝明きに聞く。
「2Uはなんでしょうか?」
輝明はちょっと考えて答えた。
「たぶん、「あなたのために」という意味じゃないかな。」
「to youだけど、toをtwoに置き換えたってことですか?」
「うん、洒落ているね。」
「すごい、それで4D2Uですか。」
優子も感心しきりだ。
「では、銀河がどのように進化してきたか、見てみよう(図5)。」

図5 フォー・ディー・トウ・ユーが制作した銀河の誕生と進化の様子。 (国立天文台, 4D2U) https://4d2u.nao.ac.jp/movies/20070501-galaxy/

「うわあ、すごい!」
優子はダイナミックに進化する渦巻銀河を見て、感嘆の声を上げた。
「宇宙が生まれて二億年ぐらい経つと、ダークマターの重力でまとめられたガスの塊の中で星が生まれ始める。これは銀河の種みたいなものだ。その種同士がどんどん合体して大きくなっていく。数十億年もすると銀河が育ち始めて、さらにぶつかっていく。そして、現在。宇宙年齢は138億歳。天の川銀河のような立派な銀河になったというわけだ。」
「なるほど、そういうわけですか。現在は、銀河にとっては、落ち着いた時期なんですね。」
「そういうことだ。だから、ハッブルは銀河の形態分類ができたんだね。」

銀河の行方

「しかし、銀河の進化はこれで終わるわけではない。このあとも、銀河同士はどんどん合体していく。そのとき出来るのが、楕円銀河だ。でも、ハローの形は変わらない。」
「星々で見える銀河の形は変わるけど、ダークマターでできたハローの形は変わらないんですね。」
「そもそもダークマターは普通の物質の数倍もの質量を持っている。結局、普通の物質を重力で集めているのはダークマターなんだ。もちろん、ダークマター・ハローの大きさは星々で見える銀河の数倍以上もある。ダークマターを担う素粒子はほとんど相互作用しない。だから、あまり明確な形を作らず、ぼうっとして宇宙にある。」
「ダークマター・ハローが渦巻型になることはないんですね。」
「残念ながら、ない。僕たちの目にダークマターが見えるとしたら、銀河の形はみんな丸く見えてしまう。どの時代でも、ハッブル分類は生まれなかっただろうね。」
「ダークマターが見えなくて、よかったですね。星でできた銀河に乾杯です!」
うーむ、優子はあくまでも明るい。ダークな気持ちになることはあるんだろうか・・・。
そんなことを考えていたら、輝明の気持ちも明るくなった。

<<< 今までの話題 >>>
第一話 神保町の天文部で銀河を語る
https://note.com/astro_dialog/n/n7a6bf416b0bc


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