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銀河のお話し(5) ハッブル、楕円銀河を見破れず?


今までのお話の説明です。

第一話 神保町の天文部で銀河を語るhttps://note.com/astro_dialog/n/n7a6bf416b0bc

まずは、楕円銀河

「銀河の話を続けるけど、まずは楕円銀河だ。ハッブル分類の図で左側に示されている銀河だ(図1)。楕円銀河は天球面に投影した姿が楕円形に見えるから楕円銀河の名前がある。「影絵」が楕円形だからといって、実際の三次元的な形を調べるのは難しい。」

図1 ハッブルによる銀河の形態分類。分類の概念は1926年の論文で議論されたが、この図は『The Realm of the Nebulae』(エドウイン・ハッブル、エール大学出版、1936年)で公表された。 https://astro-dic.jp/hubbles-tuning-fork-diagram/

すると、優子が面白いアイデアを提案してくれた。
「そうか、断面が楕円の筒みたいなものを眺めても、影絵は楕円ですね。もちろん、そんな銀河はないと思いますが。」
「おお、優子の発想力はすごいね。さすがに、筒状の銀河のことは思いつかなかったよ。」

楕円銀河の「型」

優子が質問する。
「ハッブル分類の図では、左から右に行くにつれて、楕円銀河は丸から平たい形になっていきます。丸いのはE0型、そして平たいのはE3型とE7型という名前がついています。これはどういう意味なんですか?」
「そうだね。まずは「型」の定義と名前を理解しておく必要があるね。Eは楕円銀河を表す。「楕円の」という形容詞は、英語ではエリプティカル(elliptical)という。つまり楕円銀河はエリプティカル・ギャラクシーだ。このエリプティカルのEが採用されている。次は数字。これは楕円の扁平率を10倍した数字になっている。」
「楕円率・・・?」
優子は首をかしげて輝明を見た。
「たしかに、楕円率という言葉はあまり聞かない。円形からどのぐらいずれているかを示す値だと思えばいい。定義はこうなっている。」
輝明はスライドを一枚送って、楕円率を説明する絵を見せてくれた(図2)。

図2 楕円銀河の分類型に用いられている楕円の扁平率eは楕円の半長軸(a)と半短軸(b)の長さで定義される。

「楕円銀河の系列にはE0、E3、E7の文字が見える(図1)。これはハッブルが定義した楕円銀河のサブクラスだ。Eは楕円(elliptical)を意味し、Eに続く数字は楕円率を十倍した値になっている。楕円率 e は楕円の半長軸(a)と半短軸(b)の長さで定義されている(図2)。例えば、円の場合は a = b なのでe = 0になる。つまり、円形の楕円銀河は E0型という名前になる。一方、a = 1で b =0.3 の場合は、e = 0.7になる。これを10倍した数字、7を使って E7型という名前になる。」
「なるほど、そういう仕組みだったんですね。そんなに難しくないので安心しました。楕円銀河が好きになりそうです。」
優子は笑顔を見せた。ところが、その笑顔がすぐに曇った。
「E8、E9、E10はないんでしょうか?」
「いい質問だよ、優子。」
「楕円銀河は星の集団だ。三次元的な構造は「回転楕円体」と呼ばれ、楕円をぐるっと回転させた形をしている(図3)。扁球とか、扁平楕円体とも呼ばれるものだ。専門的にはマクローリン回転楕円体というようだ。あまり扁平になると力学的に不安定なので、壊れてしまうんだ。結局のところ、銀河は星々の集団だ。剛体ではない。だから、せんべいみたく薄っぺらな回転楕円体は不安定になる。そのため、E8、E9、E10はない。そもそも、E10の場合はb = 0だから、厚みゼロの円盤になっちゃう。」
「あら、ほんとだ。」
これには、優子も大笑いした。

図3 扁平な回転楕円体。 https://ja.wikipedia.org/wiki/回転楕円体#/media/ファイル:OblateSpheroid.PNG

楕円銀河の形は見る方向で変わる

「楕円銀河には球形(E0)から碁石のように扁平な形(E7)をしたものがあるとハッブルは考えた。これを反映するため、ハッブル分類の図では、楕円銀河は真横から見た姿で分類されている(図4)。」
「はい、そうでした。」
優子の合いの手は、タイミングがいい。

図4 ハッブル分類の図では、楕円銀河は真横から見ている(エッジ・オン・ビューと呼ばれる)として分類されている。 『The Realm of the Nebulae』Edwin Hubble, Yale University Press, 1936, p. 45

「しかし、すべての楕円銀河が真横から観測されているわけではない。真上から、斜めから、いろんな方向から観測されている。以前話をしたように、楕円銀河の形は見かけによるということだ(「銀河のお話し(1) 銀河は見かけによる」)。楕円銀河の三次元形状が球状から扁平なものまであるとして、もしすべての楕円銀河を真上から見たらどうなる?」
「えっーと・・・、みんな円に見える?」
「そうだね。すると楕円銀河の分類図は大幅に変わる(図5)。」

図5 楕円銀河を真上から見た場合(フェース・オン・ビューと呼ばれる)、楕円銀河の見かけの形状は、すべて円形に見える。これでは、分類にならない。 『The Realm of the Nebulae』Edwin Hubble, Yale University Press, 1936, p. 45

「ありゃりゃ・・・。これでは、分類になっていないですね!」
優子は愕然として叫んだ。
「ハッブル分類の図を眺めたとき、「ハッブルはどういうつもりで、E0からE7の系列のイラストを描いたのだろうか」と考えたことがある。見かけの効果を考慮したかどうか気になったんだ。だけど、それは心配無用だった。見かけの効果のことはハッブルも1926年の論文で注意を促しているんだ。」
「さすがですね。」
「だから、楕円銀河の楕円率の頻度を調べるときなど、見かけの角度の補正をする必要がある。それは、きちんとされているということだ。ハッブルも悩みながら楕円銀河の形態を分類したんだろうね。そもそも、ハッブルの時代、誰も楕円銀河の真の三次元形状を知らなかった。銀河研究という新しい分野を切り拓いたハッブルは大変だったと思うよ。実際、問題は山積していたんだ。」
「えっ? まだ、問題があるんですか?」
「うん、見かけの効果だけじゃないんだ。」
楕円銀河の謎は思ったより奥深いようだ。
「じゃあ、ここで一旦、休憩にしよう。」

銀河は「見た目」が一番?

10分の休憩が終わり、また輝明が話し出した。
「僕たちが目にする銀河のハッブル分類では、楕円銀河、渦巻銀河、棒渦巻銀河の三種類がメインだ。S0(エスゼロ)銀河もあるけど、これはまた別の機会に説明しよう。では、最初から楕円銀河、渦巻銀河、棒渦巻銀河の三種類がメインだったのかというと、実は違う。ハッブルが最初に考えた分類体系では「見た目」が一番だったんだ。」
輝明が見せてくれたスライドにある銀河の名前には不思議なものもあった。

1 渦巻銀河(スパイラル、spiral)
2 細長い銀河:糸巻き(スピンドル、spindle)
3 細長い銀河:卵型(オヴェート、ovate)
4 球状銀河(グロビュラー、globular)

「このほかに、不規則星雲(イレギュラー、irregular)があるけど、それは除いてある。それから、星雲は銀河に直してある」
「あれ? 楕円銀河はないんですね。」
「そうなんだ。その代わり、楕円銀河に該当する銀河が三種類ある。2番目から4番目の銀河だ。大まかにいうと、細長く見える銀河と、球状の銀河だ。」
「球状の楕円銀河は現在の分類でも E0型としてあるけど、細長い銀河というのは、ひょっとしてラグビーボールのように見える銀河っていうことですか?」
「ピンポーン! 当時はまだ銀河の真の姿が理解できていなかった。だから、見た目の形で分類していたんだ。「細長い銀河」には「スピンドル」と「オヴェート」というのがあるけど、ピンとこないだろう。そこで、ハッブルが例として挙げた銀河の写真を示しておいた(図6)。」

図6 ハッブルが1922年に提案した銀河の形態分類。
銀河の写真はWIKIPEDIAから。

細長い銀河があるのか?

「卵の形をした「オヴェート」はわかりますが、スピンドルというのは?」
優子は首をかしげながら輝明に聞いた。
「うん、「スピンドル」というのは「糸巻き」のことだ。今どき、「糸巻き」と聞いてもピンとこないかもしれない。まさに、糸を巻いておくものだ(図7)。」

図7 「糸巻き」の例。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ボビン_(裁縫)#/media/ファイル:Bobbins_of_Tinkerbell_and_Tussah_Silk.jpg

「ああ、昔、おばあちゃんのお家で見たことがあります。おばあちゃんは裁縫が得意だったし、ミシンもありました。」
優子が懐かしそうな顔をして話してくれた。
「そういえば、僕の家にもあったような気がするな・・・。」
輝明もおばあちゃんの顔を頭に浮かべた。
「スピンドル型は卵型より、さらにほっそりとした棒のような銀河を想定していた。ただ、スピンドル型の例を見ると、渦巻銀河を真横から見たものだ。決して、細い糸巻き型ではない。結局、ハッブルは1922年の段階では、銀河の見かけの形に拘って、ざっと分ける方法をとっていたことだ。つまり、「丸いか、細長いか」。まとめると、1922年のハッブルの銀河分類は次のようになっている。」

映し出されたスライドには次の文章が並んでいた。

「渦巻銀河」はOK
横向きの渦巻銀河は「糸巻き型」に分類されている
楕円銀河は「球状銀河」と「卵型銀河」の二種類に分類されている
棒渦巻銀河というタイプは採用されていない

「現在私たちが知っているハッブル分類とはずいぶん違っていたんですね。」
「そうだね。糸巻き型はヒョロ長い棒のような構造のことだ。それから卵型。さっき優子が言ったように、要するにラグビーボールのような形の銀河として認識されていたことになる。ところが、ハッブル分類では扁平な楕円体が基本的な型として採用された。」
「わかりやすい分類図を描くのは難しそうですね。」
「1920年代、ハッブルは必死になって銀河の性質をまとめようとしていたんだろうね。現在のハッブル分類は1926年の論文にまとめられている。つまり、たった4年で、ハッブルは銀河の性質を再整理したことになる。」
「すごいです、ハッブル。」
「でも・・・。」
「でも?」
「現在のハッブル分類にもまだまだ不完全なところがあるんだ。」
「それは?」
「次回のお楽しみにしておこう。」
優子の頭には、また古民家カフェが浮かんだ。「ま、いっか。」

気がつくと優子は古民家カフェへの道を歩いていた。
「でも、糸巻きや、卵の形をした銀河なんてあるのかな? ハッブル分類が不完全なら、私たちはまだ銀河をよく理解してないってこと? ところで、部長の話は初耳のこと多いのはなぜ? どうして部長は知っているんだろう?」
頭がくらくらし始めたとき、優子は古民家カフェの入り口に辿り着いた。
「やれやれ、ここで少し休もう・・・。」

優子はそっと入り口の扉を開けた。


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