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銀河のお話し(7) 楕円銀河の形を決めるもの


お話の設定の説明です。

細長い楕円銀河

「前回は細長い楕円銀河が実際にあった話をした。」
輝明が話し始めると、間髪を入れず優子が応じた。
「本当に驚きました。球の形をしているとか、平べったい形ならすぐに理解できますが、細長い楕円銀河があるなんて思いもしませんでした。」
「たしかに、ラグビーボールのような形をした楕円銀河があるとは、普通は思わないよね。」
優子は疑問に思っていたことを聞いてみた。
「細長い楕円銀河はどうやってできるんですか?」

楕円銀河の形を決めるもの

「そうだ、まだその話をしていなかったね。渦巻銀河は回転しているので、円盤状になっている。実際、僕たちの住んでいる天の川銀河も秒速250キロメートルぐらいの速度で回転している。太陽系もその回転運動に乗っかってぐるぐる回っている。一周するのに約2億年もかかるところがすごいね。じゃあ、楕円銀河は回転しているのか? たしかに回転はしている。しかし、回転速度はかなりゆっくりしている。渦巻銀河の1割から2割程度の回転速度しかない。つまり、たかだか秒速50キロメートルぐらいの回転速度しかない。これは何を意味していると思う?」
優子もすぐには答えがわからなかった。とりあえず、思いついたことを言ってみた。
「楕円銀河の形は、渦巻銀河と違って、回転運動で保たれているわけではないということですか?」
「優子、すごいよ。まさに、そのとおりなんだ。楕円銀河の中の星々は回転運動じゃなく、ランダムな運動をしているんだ。つまり、いろんな方向に行ったり来たりしている。もし、すべての方向に同じぐらいの速度で星々が運動していると、球の形になる。ところが、ある方向でランダムな速度が大きいと、その方向に伸びた形を示すようになる。」
「そうか、あるひとつの方向にランダムな速度が大きいと、その方向に伸びて、細長い楕円銀河になるっていうことですね?」
「そういうことだ。ちょっと、この図を見てほしい(図1)。」
輝明はスライドに図を示した。

図1 楕円銀河の中の星の運動。(左)アンパン型の扁平回転楕円体。(右)ラグビーボール型の扁長回転楕円体。それぞれ回転はしているが、その速度は小さい。卓越しているのはランダムな速度(速度分散と呼ばれる)である。

「実は、楕円銀河の星々は銀河全体の回転運動は弱く、星々のランダムな速度の様子で決まっている。たくさんの星がある形では、ランダムな速度の大きさは速度分散と呼ばれている。アンパン型ではz方向の速度分散(Δvz)が、x方向とy方向の速度分散(ΔvxとΔvy)に比べて小さいので、扁平な形になる。一方、ラグビーボール型ではz方向の速度分散(Δvz)が、x方向とy方向の速度分散(ΔvxとΔvy)に比べて大きいので、扁長な形になる。ある方向で速度分散が大きくなる性質は「速度分散の異方性」と呼ばれる。楕円銀河の形はこの「速度分散の異方性」で決まっているんだ。」
「なんと、そうだったんですか。「速度分散の異方性」という言葉は初めて聞きました。」
「そうだろうね。天文学でも楕円銀河の形状やダイナミックス(星々の運動学)を議論するときしか使われないみたいだよ。」
「マニアックな世界を垣間見た感じです。」

どうやって「速度分散の異方性」を生み出すのか?

「楕円銀河の形は「速度分散の異方性」で決まっていることはわかったけど、いったいどうやって「速度分散の異方性」を生み出すかだ。」
「そう言われてみると不思議ですね。もし、球の形をした楕円銀河がポツンとあったとします。完全なE0型銀河です。この銀河の星々の運動が勝手に変わっていくのは難しいような気がします。」
「そうだね、孤立している1個の楕円銀河が勝手に形を変えることは難しい。やっぱり、銀河の衝突・合体が重要な役割を果たしていると考えた方がいいんだ。」
「うーん、また合体ですか。」
「次のスライドを見てごらん。2個の球形の楕円銀河が正面衝突して、細長い楕円銀河ができる様子だ(図2)。」
「なるほど、衝突した方向に細長く伸びるんですね。これなら、無理がないと思います。」
「合体にはいろいろなパラメータが存在する。合体する銀河がどんな銀河なのか、どんな方向で、どんな速度でぶつかったのか? 出来上がる銀河の形は千変万化。つまり、どんな形の楕円銀河でもパラメータを調整すれば作れるんだ。」
「銀河も大変なんですね。」
宇宙は広いから銀河同士が衝突するなんて、考えにくいと思っていた。しかし、今までの輝明の話を聞いていると、ある意味、合体だらけの宇宙のような気がしてきた。私たちが抱いている宇宙のイメージはあまり正しくないのかもしれない。優子はもっと宇宙のことを知りたくなった。

図2 球形の楕円銀河同士が合体して、衝突方向の速度分散が増加し、扁長楕円銀河(細長い楕円銀河)が形成される。ただし、力学的に形状が落ち着くまでには、数十億年の時間がかかる。

「糸巻き型」銀河、見参!

「今日の話の最後に、「糸巻き型」銀河の話をしよう。」
「すごく細長い銀河のことですね?」
「そう、スピンドル銀河だ。スピンドルは糸巻きのことだ。なんと、スピンドル銀河というあだ名の銀河があるんだ。スピンドルという名前とは別に、ヘリックス銀河という名前もある。ヘリックスは螺旋という意味だ。まあ、写真を見てみよう。NGC 2685という名前の銀河だ(図3)。」

図3 米国パロマー天文台の口径5メートルのヘール望遠鏡が撮影したスピンドル銀河NGC2685。「おおぐま座」の方向にあり、距離は4200万光年。 http://ned.ipac.caltech.edu/uri/NED::Image/jpg/1966ApJS...14....1A/ARP_336:I:103a-O:a1966

「おおーっ! まさに糸が巻き付いているみたいですね。」
優子は歓声をあげた。
「僕も最初にこの銀河を見たときは驚いた。ハッブル分類の図に出てくるような普通の楕円銀河や渦巻銀河でないことは一目瞭然だ。このように不思議な構造を持つ銀河は「特異銀河」とも呼ばれている。
アンドロメダ銀河の話のときにリング銀河の話をしたことを覚えているかな?そのとき、リング銀河に着目した米国の天文学者ホールトン・チップ・アープが出てきた。」
「はい、覚えています。」
「このスピンドル銀河もアープがまとめた特異銀河のカタログに登録されている。336番目の銀河なので、アープ336という名前がついている。」
「アープさんはホントに変な銀河が好きなんですね。」
「でも彼のおかげで、この種の特異銀河の多くは1960年代ぐらいに発見されていたんだ。」
「この銀河は本当に細長い銀河なんですか?」
「実は、違う。」
「えっ? じゃあ、いったい・・・。」

S0銀河+衝突銀河の残骸

「問題はこの銀河の本体部分だ。「糸巻き」の部分をよく見てごらん。」
「渦巻銀河を真横から見ると、こんな感じに見えるのかなあ・・・。」
「うん、そのとおりだよ。」
「でも、渦巻銀河にしては分厚い感じがします。」
「優子は鋭いね。たしかに普通の渦巻銀河だと、こんなに分厚くは見えない。実は、NGC2685の本体は S0銀河なんだ。渦巻のない円盤銀河をほぼ真横から見ている。そのS0銀河に小さな銀河が降ってきた。その残骸がS0銀河本体にまつわりついて、糸巻き型の銀河に見えているだけなんだ。」
「そういえば、銀河のハッブル分類にはS0銀河がありました。」
「S0銀河については今度の機会に話すことにするけど、簡単にいうと次のようになる

 ・円盤はあるけど、渦巻はない
 ・円盤は渦巻銀河の円盤に比べると厚みを持っている

「それで、真横から見ると、のっぺりとしているけど、分厚い感じに見えるんですね。」
「NGC 2685 の構造をまとめておこう。」
輝明は次のスライドを見せてくれた(図4)。

図4 スピンドル(糸巻き)銀河NGC2685の構造。
https://www.ing.iac.es//PR/science/ngc2685.html

NGC2685のスライドを見つめながら優子が言った。
「でも、糸巻き型銀河という名前はそのままでいいと思います。だって、本当に糸巻きのように見えるんですもの。」
「優子の意見に賛成だ。実際、天文学者の間でも、NGC 2685はいまだにスピンドル銀河と呼ばれているんだ。」
「そういうのって、いいですね。」

もっと巨大な糸巻き型銀河?― ポーラーリング銀河

「もうひとつ面白い銀河を見ておこう。ポーラーリング銀河と呼ばれる変な銀河だ。」
「これまた、すごいですね。」
「NGC4650Aという名前がある(図5)。」

図5 ポーラーリング銀河 NGC4650A。「ケンタウルス座」の方向にあり、距離は1億3000万光年。 https://hubblesite.org/contents/media/images/1999/16/800-Image.html

「少しいびつな感じはするけど、なんとなく渦巻銀河を縦にして見ているようにも思えます。」
「そうだね。写真を90度ずらしてみよう(図6)。これだとどうかな?」

図6 ポーラーリング銀河 NGC4650A。図3を90度回転させた写真。あたかも、バルジと円盤を持った銀河のようにも見える。ちなみに縦長のバルジは観測されていない。 https://hubblesite.org/contents/media/images/1999/16/800-Image.html

「あっ、やっぱり渦巻銀河のような・・・。」
優子はスライドをじっと見つめている。
「でも、やっぱり変ですね。バルジが縦長です。それに渦巻も散りじりで、かわいそうです。」
「たしかに渦巻ならかわいそうだね。ということで、この銀河は普通の渦巻銀河じゃない。また、写真を戻そう(図7)。」
「はーい。」

図7 ポーラーリング銀河 NGC4650Aの正しい見方。中央に見えるのはS0銀河で、真横から見ている。このS0銀河の極方向にリングがある(ポーラーリング)。https://hubblesite.org/contents/media/images/1999/16/800-Image.html

「真ん中に見えている「糸巻き」のような構造はS0銀河だ。それを真横から見ている。そうすると、さっき渦巻と考えた構造はリングになる。このリングはS0銀河の極方向にあるので、ポーラーリングと呼ばれている。」
「リングの大きさこそ違っていますが、結局はNGC2685の糸巻きと同じような構造なんですね。」
「そういうことだ。したがって、さっき見たNGC2685もポーラーリング銀河の仲間に入れていいんだよ。」
「ポーラーリングと一言で言っても、いろいろなケースがあるんですね。面白いです。」
優子も特異銀河にだいぶ慣れてきたようだ。
「ところで、NGC4650Aという名前ですが、なぜ最後に「A」がついているんですか?」
「NGC4650Aの方向を調べてみると、銀河の群れが見つかる(図8)。銀河群と呼ばれている構造だ。この銀河群で一番大きな銀河はNGC4650という名前で、NGCカタログに登録されている。そのほかの銀河は登録されていない。ところが、NGC4650Aはポーラーリングで着目を集めてしまった。そこで、「NGC4650に付随した銀河のひとつ」ということでNGC4650Aという名前で呼ばれているんだ。」
「なるほど、そうだったんですね。」
「こういうケースで名前に「A」が付けられている銀河は珍しいけどね。」

図8 NGC4650とNGC4650A。銀河の群れが見えるが、最も大きな銀河は棒渦巻銀河のNGC4650。イメージサイズは30分角×30分角。 Digitized Sky Survey(DSS)提供のツールで作成。データはDSS-2 red。 http://archive.eso.org/dss/dss

S0銀河へ

「ポーラーリング銀河は美しくて、面白い銀河でした。」
優子も満足したようだ。
「よかったね。NGC2685もNGC4650Aも、本体はS0銀河だった。S0銀河はハッブル分類では謎のタイプだ。まさか、ポーラーリング銀河の話で出てくるとは思わなかったね。次回はS0銀河の話をすることにしよう。じゃあ、今日の話はここまでだ。」

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第一話 神保町の天文部で銀河を語るhttps://note.com/astro_dialog/n/n7a6bf416b0bc

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