見出し画像

天文俳句(11)  天文俳句って、どのぐらいあるの?

真の天文俳句

天文の季語として使われている用語は、月、星月夜、流れ星、そして天の川の四個しかない。もちろん、さまざまなバリエーションの類義語があるので、トータルでは百個程度はある。

では、「真の天文関係の季語(以下では、天文季語と略す)」はどの程度、実際の俳句で使われているのか? 気になったので、少し調べてみることにした。調査には、俳人、金子兜太監修による『365日で味わう美しい日本の季語』(誠文堂新光社、2010年)を採用した(図1)。

なお、ここで「真の天文関係の季語(以下では、天文季語と略す)」と表現しているのは、歳時記では天文以外(気象関係など)の言葉も天文季語に分類されているためである。次のnoteを参照されたい。
「天文俳句」(1)季語における天文https://note.com/astro_dialog/n/nb90cc3b733fd

図1 金子兜太監修による『365日で味わう美しい日本の季語』(誠文堂新光社、2010年)の表紙。

『365日で味わう美しい日本の季語』金子兜太

この本の趣向は面白い。金子兜太が4月1日から3月31日までの1年365日について、一日一句で俳句を鑑賞していく。ただし、365日ではない。2月29日が入っているので、一年366日になっている。したがって、紹介されている俳句の総数は366句だ。そのため、季語の数も366語。すごい数だ。

では、結果。366句のうち、真の天文季語が使われている俳句(天文俳句)は以下の10句だった。なお、用いられた季語に関連する季語も記されていたので、併せて紹介しておく。
1 天の川 銀河 銀漢 雲漢 天漢 河漢 星河 銀湾 (ここで採用された季語は天の川。関連する季語は銀河、銀漢など。以下の句でも同様)
うつくしや障子の穴の天の川 小林一茶

2 朧月 月朧 淡月 朧月夜 朧夜 春の月  (昼間は霞)
浮世絵の絹地ぬけくる朧月 泉鏡花

3 寒月 冬の月 月冴ゆ 月氷る 冬三日月 寒三日月
寒月の岩は海より青かりき 川端茅舎

4 月代 月白 (明るい月が出る前に東の空が白く明るくなる様子)
月代や机上に広げたる海図 神野紗希

5 流れ星 流星 夜這星 星流る 星飛ぶ 星走る
流れ星悲しと言ひし女かな 高浜虚子

6 夏の月 月涼し 夏の霜
蛸壺やはかなき夢を夏の月 松尾芭蕉

7 後の月 十三夜 名残の月 二夜の月 豆名月 栗名月 女名月 姥月(陰暦8月の十五夜から一ヶ月後にあたることが由来)十五夜=芋名月 片見月=十五夜を見て後の月を見ないこと 忌み嫌われた
くくゝゝと鳥昇りゆく後の月 石寒太

8 旱星(ひでりぼし) 夏の星 星涼し 梅雨の星 蠍座(アンタレス) 雨も降らず日照りが続く中で輝く星が、暑さに追い討ちをかけるように赤々と見える様。なお、うしかい座のアルクトウルスも旱星と言われる。
水ゆれて猫の渡りし旱星 柚木紀子

9 冬銀河 冬星 寒星 凍星(いてほし) 冬星座 星冴ゆ 冬の太白
ガラス切る音を短く冬銀河 対馬康子

10 星月夜 ほしづくよ
星月夜空の高さよ大きさよ 江左尚白

以上をまとめると、次のようになる
・俳句の総数=366句
・真の天文季語を含む俳句=10句
これらの数値を採用し、真の天文俳句率を評価した結果を図2に示す。

図2 金子兜太監修による『365日で味わう美しい日本の季語』(誠文堂新光社、2010年)に基づいて評価した「真の天文俳句率」。

真の天文俳句率は約3パーセント。この割合を多いと思うか、少ないと思うか。判断するには、少し思案が必要だ。

人はいつ俳句を詠んで過ごすなり

俳句はどんな時間帯に詠まれているのだろう? 人のライフスタイルはざまざまだが、ここでは簡単のため以下を採用する(図3)。日中は朝食と夕食で忙しい時間帯を外した。夜中というのは、星空を見る時間帯のことである。外出したときや、家の庭やバルコニー・ベランダに出る時間帯である。

図3 俳句を詠む時間帯。日中も夜間も大雑把な目安である。

1日あたりでは、日中と夜中の合計時間は次のようになる。

日中:午前9時から午後5時 = 8時間
夜中:午後8時から午後10時 = 2時間

ただ、毎晩のように外出する可能性は低い。とりあえず、週2回の割合で、外出、庭やバルコニー・ベランダに出ると仮定する。すると、一週間あたり、日中、夜中の時間帯の合計は次のようになる(図4)。

日中:夜中=8時間×7:(2時間)×2 =56時間:4時間

図4 日中及び夜間における俳句を詠む可能性がある時間帯。夜間の外出は週2回とし、ここでは日曜日と水曜日に設定した。

星空に感銘を受けて俳句を詠むのは、晴れた夜だ。日本においては、晴天率は地域にもよるが、大体30%。したがって、真の天文俳句が詠まれる可能性があるのは、夜中の時間帯の30%程度だ。雨の夜や曇りの夜、「雨月」や「無月」を使う場合もあるが、ここでは無視する。結局、実質的な関係としては、夜の時間帯に30% をかけて、次のようになる。

日中:夜中=56時間:4時間×0.3=56時間:1.2時間

俳句を詠む時間帯の合計時間は56時間+1.2時間=57.2時間。したがって、天文俳句を詠む可能性の高い夜間の割合は1.2時間 / 57.2時間=0.021。つまり、約2パーセントになる。

本当の天文俳句何割や

晴れた夜に天文俳句が詠まれると仮定すると、天文俳句の詠まれる確率は約2パーセントになることがわかった。一人の俳人でもよいし、多数の俳人でもよい。一年間にわたって、どのような俳句を詠むかモニターしたとする。各俳人がそれぞれ100句詠んだとすれば、そのうちの二句程度が真の天文俳句になる。実際、金子兜太が選んだ俳句で調べたところ、真の天文俳句率は3%だった。

統計的には、2%から3%の確率で天文俳句が詠まれているとしてよい。この数字が多いとは思わない。しかし、0%ではない。多くの人が、ときには宙(そら)の風情に親しんでくれていると思えば、ありがたい数字だ

金子兜太の言葉

最後は金子兜太の言葉で締めくくろう。

新旧や定型・不定型にとらわれず、現代の感覚で共感できるものを基準に掲載しました。好きな季語、好きな句をひとつでも多く見つけて、それらを味わう喜びを感じてもらえれば幸いです。 『365日で味わう美しい日本の季語』(金子兜太 監修、誠文堂新光社、2010年、5頁)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?