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宮沢賢治の宇宙(72) 双子の星のお宮はどこにあるのか?
『銀河鉄道の夜』に出てくる双子の星のお宮
宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』では、最終節の第九節「ジョバンニの切符」の後半に双子の星のお宮が出てくる。
「あれきっと双子のお星さまのお宮だよ。」男の子がいきなり窓の外をさして叫びました。 右手の低い丘の上に小さな水晶ででもこさへたような二つのお宮がならんで立ってゐました。
「双子のお星さまのお宮って何だい。」
「あたし前になんべんもお母さんから聴いたわ。ちゃんと小さな水晶のお宮で二つならんでゐるからきっとさうだわ。」
「はなしてごらん。双子のお星さまが何したっての。」
「ぼくも知ってらい。双子のお星さまが野原へ遊びにでてからすと喧嘩したんだらう。」
「さうじゃないわよ。あのね、天の川の岸にね、おっかさんお話なすったわ、……」
「それから彗星がギーギーフーギーギーフーて云って来たねえ。」
「いやだわたあちゃんさうじゃないわよ。それはべつの方だわ。」
「するとあすこにいま笛を吹いて居るんだろうか。」
「いま海へ行ってらあ。」
「いけないわよ。もう海からあがっていらっしゃったのよ。」
「さうさう。ぼく知ってらあ、ぼくおはなししよう。」 (『銀河鉄道の夜』宮沢賢治全集 7、ちくま文庫、1985年、285-286頁)
この話の前は工兵隊の架橋演習の話だ。そして、この双子の星の話のあとは、蠍の火(「さそり座」のアンタレス)が見えてきて、いよいよ南十字へと向かっていく。つまり、なぜ双子の星の話が出てくるのか、理解できない。
そこで『討議 『銀河鉄道の夜』とは何か』(入沢康夫、天沢退二郎、青土社、1976年)を調べてみたら次の記述を見つけた。
天沢 双子の星の話へと進むわけだけど、双子の星の話そのものはされない。ここで一時中断したのではないかということですね。
入沢 いずれにせよ、もしここに双子の星の話が入ってくるとすれば、話の中の話になるわけで、作品の流れは澱んでしまう。そろそろ銀河についての話題もなくなり、ここで二つの話をもってきて [註:もう一つは工兵隊の話] 時間の経過の感じを出そうということなのかな。 (46頁)
やはり、双子の星の話は『銀河鉄道の夜』の話の本筋とは関係なく、唐突に挿入された話題だと考えられているのだ。もしそうなら、『銀河鉄道の夜』から双子の星の情報を得ることはできないことになる。
『銀河鉄道の夜』にこだわれば
それでも、『銀河鉄道の夜』にこだわれば、ひとつの候補がある。それは「さそり座」のλ(ラムダ)星とυ(ウプシロン)星である(図1)。二つの星の性質は表1にまとめた。
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![](https://assets.st-note.com/img/1721736968636-Kst6YVhk2c.jpg?width=1200)
λ星とυ星は一見すると連星のように見えるため、日本では兄弟星を意味する「おとどい星」の名前がある。まるで、賢治と妹のトシを彷彿とさせる。そう考えると、なんだかとてもよい候補のように思えてきた。
草下英明による『宮沢賢治と星』
双子の星を「さそり座」のλ星とυ星とする説を提唱したのは科学評論家の草下英明(1924-1991)である。草下による『宮澤賢治と星』(學藝書林、1975年)は天文学をキーワードにした賢治の作品論として高い評価を得ている一冊である(図2)。
![](https://assets.st-note.com/img/1721737021629-N1UFexzkmF.jpg)
『銀河鉄道の夜』に準拠した双子の星の説明は次のようになっている。
蠍の赤い火に到着する前に、銀河列車は『双子星のお宮』を通過する。これは星座の双子座ではなく、賢治の他の作品『双子の星』の中で「天の川の西の岸に小さな青い二つの星が見へます」と書かれているもので、青い二つの星とあるからには、蠍座の尾の毒針にあたるλ(ラムダ)とυ(ウプシロン)という二星であろう。共に緑色の美しい星で、世界各地を通じて、兄弟、夫婦、双子に見られている星である。 (67頁)
なるほど、わかりやすい説明だ。私はこの説明を受け入れることにした。
天文ファンなら、双子の星と聞いてまず思い浮かぶのは「ふたご座」である。しかし、「ふたご座」は冬に見える星座だ。『銀河鉄道の夜』はケンタウル祭と呼ばれる夏祭りの夜の出来事である。「ふたご座」が出てくるはずはない。そうなると、草下の提案は理に適っているように思えたのだ。
『双子の星』を読め!
しかし、問題は残る。双子の星の話は『銀河鉄道の夜』のストーリーからは浮いている。原型となる作品『双子の星』があるのなら、そちらの説明を受け入れるのが筋である。
実際、『双子の星』を読むと、「さそり座」のλ星とυ星とする説は正しくないことがわかる。賢治の作品を読み解くのは、つくづく難しいと思った。その顛末は次回のnoteで話すことにしよう。
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