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「宮沢賢治の宇宙」(20) 番外編:りんご大好き人間、賢治

賢治のりんご好き

賢治の作品には、「りんご(苹果、林檎)」が頻繁に出てくることが知られている。実際、『銀河鉄道の夜』にも「苹果」が12回、「りんご」が3回も出てくる(高桑常子「苹果・林檎・りんご」;『宮沢賢治「銀河鉄道の夜」を読む』西田良子編、創元社、2003年、188頁に治められている)。

『銀河鉄道の夜』に「苹果」が出てくる場面をひとつ紹介しよう。第九節「ジョバンニの切符」、鷲の停車場に着く頃の話だ。

「何だか苹果の匂がする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。
「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨(のいばら)の匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。
 (『【新】校本 宮澤賢治全集』第十一巻、筑摩書房、1996年、151頁)

天の川の中で、なぜりんごの匂いが? そう思うが、賢治の体験が生み出す文章だと思えばよい。賢治が遊んだイーハトーブの野山では、りんごや野茨の香りがしたのだろう。

まずは、賢治のりんご好きを確認しておこう。『【新】校本 宮澤賢治全集』の索引で調べてみると、りんご、林檎、および苹果の三語の使用頻度は表1のようになる(本文篇、校異篇を含む)。

 

使用頻度が最も高いものは「苹果」。続いて「りんご」、そして「林檎」の順になる。現在では、「りんご」を漢字で書けと言われると、ほとんどの人は「林檎」の字を書くだろう。そもそも、難しい漢字なので、書けないかもしれない。私も書ける自信はない。

役にたつ「ふりがな文庫」

「林檎」と「苹果」。読みはいずれも「りんご」だ。世の中では「林檎」と「苹果」のどちらが多く使われているのだろうか? これを調べるには「ふりがな文庫」が役に立つ:https://furigana.info/about.html。サイトの説明文である。

当サイトは、青空文庫などで公開されている作品に含まれる「ふりがな」の情報を元に作成しています。語句に振られたふりがなの使用頻度や用例を簡単に検索できます。

早速、このサイトで「りんご」を調べてみた(https://furigana.info/r/りんご)」。その結果、林檎と苹果の使用頻度の割合は次のようになった。

林檎 90.3%
苹果  9.7%

なんと、「林檎」の方が圧倒的に多い。まあ、こちらの方が普通のようには思うが、賢治の作法とは真逆だ。

賢治の作品も「青空文庫」で公開されている。ひょっとすると、賢治の作品だけが「苹果」の使用頻度9.7%に貢献しているのだろうか? もしそうだとすれば、賢治の作品以外では、ほとんどの場合、「林檎」が用いられていることになる。

少し古いが、英国の作家ジョン・ゴールズワージー(1867-1933)作品に『The Apple Tree』がある。この作品の日本語タイトルは『林檎の樹』になっている。考えてみると、文学作品の中で「苹果」を見たのは、賢治の作品だけだった。今後、他の作家の作品を読むとき、注意してみることにしたい。

賢治のりんご

さて、賢治の作法だ。賢治が「りんご」を漢字で書く場合、表1によれば、使用頻度とその割合は次のようになる。

林檎   5回   4.7%
苹果  102回  95.3%

普通の使い方とは、見事に逆転した結果となる。なぜ、賢治は「苹果」を好んだのか? 少し、気になるところだ。

林檎と苹果は違うりんごだった!

「林檎」と「苹果」。漢字は違うが、りんごであることに変わりはない。何か違いがあるのだろうか? そう思って調べてみると、りんごの歴史に違いがあることがわかった。

林檎 和りんご(ワリンゴ、Malus domestica)

苹果 明治初期に日本に入ってきた西洋りんご(セイヨウリンゴ、Malus asiatica

この説明によると、「林檎」は古い時代に中国から伝わった「りんご」の漢名、現在私たちが食べているのは「苹果」。なんとこうなるのだ。なお、「苹果」は中国で使われている簡体字であり、発音は「ひんか」である。

今度、「苹果」を食べよう

つまり、現在、「りんご」を漢字で表記する場合、「苹果」の方が正しい。残念ながら、私の認識とは違っていた。しかし、賢治は正しく理解していた。さすが、大のりんご好きだ。

今度りんごを食べるとき、「苹果」の文字を頭に思い浮かべてから食べることにしよう。

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