見出し画像

銀河のお話し(10) S0銀河の正体がわかった!


お話の設定の説明です。

S0(エスゼロ)銀河には「棒」を持つ銀河もあった

輝明は前回の話を踏まえて話し出した。
「ハッブルは銀河の形態分類をしたとき、楕円銀河と渦巻銀河の間にはギャップがあると感じて、楕円銀河と渦巻銀河の間にS0銀河を導入した(図1)。これが有名な銀河の形態に関するハッブル分類だ。銀河の研究をする人にとっては、バイブルみたいなものだ。」

図1 銀河のハッブル分類。S0(赤い丸印)は楕円銀河と渦巻銀河を繋ぐ位置に導入された。 https://astro-dic.jp/hubble-classification/

輝明が話し出すと、優子が感想を述べた。
「シンプルで分かりやすい分類だと思っていたんですが、思ったより奥が深い感じです。」
「そうだね。前回、E7型とSaそしてSBa型との繋がりを調べたら、結構大変だった。結局、ハッブルがSBa型に分類した銀河の大半は、渦巻がないSB0型だった。正直、これには驚いた。」
「私もです。」
優子は素直に同意してくれた。
「そもそも、ハッブルがE7型に分類した銀河は、円盤を持つS0銀河だったわけで、ハッブルさん自身、いろいろ混乱していたんじゃないでしょうか。」
「銀河は一個一個、形が違う。だから、統一的に形をひとつの「型」にはめ込むのは難しいということかもしれないね。」

ハッブル分類改訂版

「いろいろ細かな話はあるけど、今日はS0銀河の基本的な性質について考えてみよう。S0銀河はいったいどんな銀河なのか? それがわかれば、銀河の本質に一歩近づけると思うよ。」
輝明は期待を込めて言った。
「SB0型も仲間に入れておかないとまずいですね。」
「おっと、忘れていた。危ない、危ない。」
輝明は優子の注意深さに感謝した。
「忘れないためにも、銀河のハッブル分類をまとめ直しておこう。」
輝明はスライドにまとめを示した(図2)。

図2 SB0型銀河も入れた銀河のハッブル分類。ハッブルは楕円銀河と渦巻銀河を、規則的な構造を持つ「規則銀河」とした。ここで、規則的な構造は、楕円銀河の場合は銀河本体の楕円体構造、渦巻銀河と棒渦巻銀河の場合は銀河の円盤とバルジである。「渦巻」と「棒」は銀河の円盤に生まれる二次的な構造だと考える。

「意外と忘れられがちなんだけど、ハッブルは楕円銀河と渦巻銀河を、規則的な構造を持つ「規則銀河」とした。ここで、規則的な構造は、楕円銀河の場合は銀河本体の楕円体構造、渦巻銀河と棒渦巻銀河の場合は銀河の円盤とバルジだ。これらの規則的な構造がなければ、不規則銀河に分類される。」
「結構、スッキリしていますね。SB0型を入れたことで、渦巻銀河との対称性もよくなったように感じます。」
ここで、優子の頭にひとつの疑問が浮かんだ。
「あのう・・・。「渦巻」と「棒」は規則的な構造には入れないんでしょうか?」
「それはいい質問だ。多くの人は「渦巻」と「棒」に気を取られる。見た目に美しいし、目立っているからね。ただ、これらの構造は銀河の円盤に生まれる二次的なものだと考えていい。つまり、円盤という一時構造があってなんぼの構造だからだ。」
「なるほど、そう考えるんですね。」

S0 & SB0銀河の基本的な性質

「S0、そしてSB0銀河の基本的な性質をまずまとめておこう。」
輝明が見せてくれたスライドには、三つの性質があった。

図3 S0及びSB0銀河の基本的な性質。

なぜS0銀河には渦巻がない?

「S0銀河の重要な特徴は「渦巻がない」ということだ。」
「なるほど、渦巻銀河にも棒渦巻銀河にも渦巻があります。S0銀河にはどうして渦巻がないんですか?」
「優子のその質問は非常に大切な質問だ。渦巻ができにくい、円盤銀河がある。それはどうしてですかという問題だからだ。」
「はい、不思議です。」
「銀河の円盤はたくさんの星々でできている。天の川銀河の場合は、2000億個もの星がある。回転しているので、星々でできた円盤は壊れずにいる。大きさが10万光年もある円盤が壊れずにいるんだから、考えてみるとすごいことだね。」
「想像もできない、という感じです。」
「それからもうひとつ着目すべきことは、円盤の厚みだ。」
「どのぐらい厚いんですか?」
「銀河によるけど、天の川銀河や普通の銀河でも、数百光年から1000光年ぐらいの厚みがある。」
「1光年が10兆キロメートルだから、結構な厚みですね。」
「どうして銀河の円盤に厚みが出るかというと、星々は円盤の中を回転しているだけではなくて、円盤に直交する方向にはランダムな運動をしているからなんだ。ランダムな運動速度は「速度分散」と呼ばれている。」
「なるほど、それで星々は円盤の中央の面からさまざまな距離のところにいることになるので、それが円盤の厚みとして見えているんですね?」
「優子、そのとおりだ。」

分厚い円盤

「円盤が厚いとどうなると思う?」
「模様は作りにくくなると思います。」
「すごくいい表現だ。」
「まさに、そうなんだ。実は「円盤が厚い」ということは「円盤が熱い」ことにもつながる。この場合の「熱い」は円盤に直交する方向の星々の運動速度が大きいことを意味している。さっき紹介した言葉を使うと、「速度分散が大きい」ということだ。星々の「暴れ具合」が派手だと思えばいい。」
「そうか、それで綺麗な渦巻を作るのは難しくなるということですね?」
「ピンポーン! そもそも渦巻は円盤にできた模様だ。」
「ということは、S0銀河とSB0銀河では、円盤に直交する方向の速度分散が大きいので渦巻のような構造ができないということですね。一方、普通の円盤銀河は模様ができる程度に速度分散が小さな値になっている(図4)。これでいいんでしょうか?」
「大正解だよ。」

図4 円盤銀河の円盤を真横から見た概念図。左は普通の渦巻銀河、棒渦巻銀河の場合、右はS0及びSB0銀河。円盤と直交する方向(z方向とする)の速度分散σ(vz)はS0及びSB0銀河の方で系統的に大きい。vzの vは速度(velocity)を表す記号。

「これで、次の二つのことが説明できたね。」

・S0及びSB0銀河の円盤は分厚い傾向がある
・S0及びSB0銀河の円盤には渦巻がない

ここで、優子は前回話題に出てきたポーラーリング銀河のことを思い出した。
「そういえば、ポーラーリング銀河本体はS0銀河でしたね。」
「そうだった。S0銀河をほぼ真横から見ている。」
「二つの例を見ました。NGC2685 もNGC4650A。両方ともS0銀河の円盤がずいぶん分厚かったように思います。」
「たしかに、そうだった。ポーラーリングは他の銀河が降ってきた名残が見えているけど、結局、そういう衝突現象が銀河の厚みを増していく要因になるんだ。衝突は一回だけはなく、何回も起こっていると考える方がいい。衝突の回数が多い銀河ほど、円盤の厚みは増えていくってことだ。」

なぜS0銀河の円盤にはガスが少ないのか?

「次は、なぜS0銀河の円盤にはガスが少ないのか考えてみよう。」
「ガスが少ないと星が生まれにくいですね?」
「そうだね。じゃあ、なぜS0銀河の円盤にはガスが少ないんだろう?」
優子は首をかしげる。
「星がたくさん生まれたらどうなる?」
「ガスが減ります。」
「そういうことなんだ。」
「あっ、そうか。S0銀河では過去にたくさん星を作っちゃたんで、今はガスが少ないということですか?」
「どうも、そうみたいだ。ただ・・・・」
「?」
「もうひとつ方法がある。それは円盤からガスを抜いちゃうことだ。」
「そんな手品みたいなことができるんですか?」
「うん、それはS0銀河が銀河団に多くあることが関係している。」

S0銀河=渦巻銀河 – ガス?

「実は、銀河の形態は銀河の住んでいる場所と関係していることがわかっている。銀河の個数密度が高い場所では楕円銀河やS0銀河が多くて、逆に個数密度が低い場所では渦巻銀河が多い。これは銀河の「形態―密度関係」と呼ばれている。銀河の分布を示した宇宙地図を見てご覧(図5)。」
輝明はスローン・ディジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)と呼ばれる銀河サーベイの結果をスライドで見せてくれた。この図を見てわかることは、銀河は集団で分布する傾向があることだ。これはある意味で当然。なぜなら、銀河やその集団を作る力は重力だ。質量がたくさんある場所は重力なので、皆そこに引かれていく運命にある。
「銀河は自分がどのような場所に住んでいるかわかっているんですね。」
「そうだね。重力は引力。逆らいようがないんだ。」

図5 宇宙における銀河の空間分布の様子(宇宙の大規模構造)。円の中心に天の川銀河があり、円の半径は約20億光年。赤い部分は銀河が密集している銀河団。黒い部分)は銀河がほとんど見えていない領域(ヴォイドと呼ばれ、実際、ほとんど銀河が存在しない領域)。 https://www.sdss4.org/wp-content/uploads/2014/06/orangepie.jpg

銀河団のいたずら

「銀河団にはかなりの個数の銀河があるみたいですね。」
「だいたい数千個から数万個の銀河が集まっている。大きさは1000万光年から2000万光年ぐらいはある。」
「気が遠くなりそうです。」
「これだけ銀河が集まっていると、銀河団の質量は太陽質量の数千兆倍はある。もちろん、銀河団を取り囲むように、膨大な量のダークマターがある。普通の物質の数倍以上の質量がある。しかし、ダークマターは普通の物質と相互作用しないので、銀河のガスを剥ぎ取るようなことはしない。」
「ダークマターは銀河にとって、単なる「ゆりかご」みたいなものなんですね。」
「重要なのは、銀河団にある高温のガスだ。温度は数百万度から数千万度もある。結局、銀河団の中にある銀河は、その高温ガスの中を泳いで運動しているんだ。」
「灼熱の海を泳ぐ。そんな感じですね。」
「銀河団の高温ガスは銀河の中のガスは衝突して、剥ぎ取ってしまうんだ。そのいい例が「じょうぎ座」銀河団の中にあるESO 137-001という名前の銀河だ、」

図6 「みなみのさんかく座」にある棒渦巻銀河ESO 137-001から流れ出すガス。(左)ハッブル宇宙望遠鏡による紫外線と可視光の観測 [水素原子ガス(Hα輝線)]、(右)アタカマ大規模電波干渉計ALMAによる電波の観測(一酸化炭素分子 CO輝線)。流れ出している尾の長さは26万光年。秒速2000キロメートルで銀河団の中心方向に運動している。この銀河は「じょうぎ座」銀河団(エーベル3627)の中にあり、距離は約2億光年。 https://esahubble.org/images/heic1404a/ https://alma-telescope.jp/assets/uploads/2019/10/potw1939a.jpg

「うわあ、すごい量のガスが剥ぎ取られているみたい。」
優子も呆然とスライドに見惚れている。
「これは「ラム圧」という圧力が働くためなんだ。」
「ラム? 子羊さんですか?」
「残念。銀河団に子羊さんは放し飼いされていない。」
「じゃあ?」
「ラムは舟の舳先(へさき)のことなんだ。舟が水の中を進むとき、舳先は水を押し除ける。舳先にかかる圧力をラム圧と呼んでいる。」
「銀河団にある高温のガスが水で、銀河は舟というわけですね。」
「そのとおり。」
「銀河も結構大変な目に遭いながら生きてきているんですね。」
「銀河団という環境は結構厳しい。高温ガスのラム圧もあるけど、そもそも銀河の個数密度が高いから、銀河同士のすれ違いや衝突も頻繁に起こる。」
「それでS0銀河がたくさんあるんですね。」
優子は納得した。

S0銀河の正体

「さて、そろそろまとめよう。S0銀河は「円盤に渦巻がない」、「星を造るガスが少ない」、「円盤は厚い」という性質があった。これらの性質を説明するには「S0銀河は銀河の衝突を少なからず経験している」、「その際、星を作ってガスを失った」、「そもそも銀河団の中にあるので、銀河団の高温ガスに銀河のガスが剥ぎ取られた」ということだ。」
「部長、すごいです。S0銀河は私の中では謎だらけの銀河でした。でも、部長の説明でスッキリしました!」
そういう優子の目はキラキラしていた。
「そう言ってもらって嬉しいよ。おそらく、S0銀河にはまだまだ僕たちの知らない秘密があるんだろう。でも、少しは肉薄できたかもしれないね。また、わからないことが出てきたら、考えてみることにしよう。

ということで、S0銀河のお話はこれでおしまい。」

<<< 今までの話題 >>>

第一話 神保町の天文部で銀河を語るhttps://note.com/astro_dialog/n/n7a6bf416b0bc

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?