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銀河のお話し(6) 細長い楕円銀河があった!


お話の設定の説明です。

ハッブルは卵型の細長い楕円銀河を見ていた

「さて、銀河の話を続けよう。前回は楕円銀河の話がメインだったけど、ハッブルがどうやって分類の図にたどり着いたかも説明した。」
「細長い銀河には驚きました。糸巻き型と卵型の銀河なんていう話は初めて聞きました。」
「そうだったね、僕も最初にそのことを知ったときは驚いた。」
「卵型はまだしも、糸巻き型まで出てくるとは、という感じです。」
「ところがだ。」
「えっ? まさか・・・?」
「実は、そのまさかなんだ。」
優子は思わず「ひえーっ!」と叫びそうになった。冗談で聞いたはずだったのに。
「その銀河は?」
「NGC4261。「卵型」銀河の代表例とされた銀河だ(図1)。」
「なんだか、普通の楕円銀河に見えますが・・・。」
「そうだね、言われなければ誰も気づかないだろう。」
「では、どうしてこの銀河が「卵型」楕円銀河だってわかったんですか?」

図1 「卵型」の細長い楕円銀河NGC4261。メシエ59(M59)という名前もある。18世紀、彗星の探査をしていたフランスの天文学者シャルル・メシエが彗星と紛らわしい天体をリストアップした。この銀河はその59番目に登録されている。「おとめ座」の方向にあり、距離は約1億光年。 https://it.m.wikipedia.org/wiki/File:NGC4261_-_SDSS_DR14.jpg

電波ジェットが教えてくれた「卵型」

「NGC 4261は3C 270という名前の電波銀河としても有名だ。実際、銀河本体の数倍以上の長さで拡がる双極電波ジェットが見えている(図2の左のパネル)。このジェットはNGC 4261の可視光で見た長軸に沿って出ているんだ。」
「うわあ、綺麗ですね!」
優子は輝明の示したスライドを食い入るように見つめている。

図2 細長い楕円銀河NGC 4261。(左)銀河の中心から伸びる電波ジェット。中央の白い部分が右の写真に見えている楕円銀河の本体。(右)可視光のイメージ。左右のイメージのスケールは同じ。 https://en.wikipedia.org/wiki/File:NGC4261_-_radio,_HST.png https://commons.wikimedia.org/wiki/File:NGC_4261_SDSS.jpg

「でもどうして電波ジェットが出ているんですか?」
「この銀河の中心部には超大質量ブラックホールがあることが調べられている。質量は太陽の約5億倍。かなり重い。超大質量ブラックホールがあると重力に引かれて、銀河の中にあるガスが中心部めがけて落ち込んでいく。ガスは回転しながら落ちいくので、超大質量ブラックホールの周りにガスの円盤を作る。降着円盤と呼ばれるものだ。ガスの密度が高いので、ガス同士が相互作用して熱を帯びる。温度は数万度とか数十万度にもなる。ガスは電離してプラズマになる。このプラズマでできた円盤が回転運動すると、強烈な磁場ができる。プラズマは磁場に沿って加速され、ジェットを作る。ちょっと難しいけれど、だいたいこんな感じだと思えばいい。」
さすが部長だ。結構難しい話だとは思うが、さらっと説明してくれたことに優子は驚いた。
「ハッブル宇宙望遠鏡がこの銀河の中心部を撮影してみた。すると、案の定、超大質量ブラックホールの周りにある降着円盤の片鱗を見ることができた。それはリング状の構造だ(図3)。」
「これまた、すごい写真ですね。」
「電波ジェットはこのリング構造とほぼ直交する方向に出ていることがわかるだろう?」
「はい、見事に直交していると思います。」

図3 ハッブル宇宙望遠鏡が撮影したNGC4261の中心部。中心核を取り巻くようなリング構造が拡がっている。 https://hubblesite.org/contents/media/images/1992/27/82-Image.html

回転する細長い楕円銀河

「NGC4261は楕円銀河だ。これは OK だ。問題はどういう自転をしているかだ。」「中心部の降着円盤の自転と同じ運動でしょうか?」
「そのとおり。」
「NGC4261はやや細長い格好をしているけど、その細長い方向を回転軸として自転しているんだ。」
「ラグビーボールを投げるとき、細長い方向に回転するようにすると思いますが、そういう感じですか?」
「うん、それだ。優子は鋭いね。感心、感心。」
「楕円銀河の基本的な形として僕たちが思い浮かべるのは扁平な回転楕円体だ。実際、ハッブル分類ではそう仮定されている話はした。ところが、扁長な、つまり細長い形をした回転楕円体の楕円銀河もあることが分かってきた。」

図4 (左)扁平(回転)楕円体、(右)扁長(回転)楕円体。こちらが「細長い」楕円銀河の形状になる。 https://ja.wikipedia.org/wiki/回転楕円体

「ところで、扁平回転楕円体と扁長回転楕円体という言葉は紛らわしい。そこで、以下ではそれぞれアンパン型とラグビーボール型と呼ぶことにしよう。では、早速だが、アンパン型とラグビーボール型を区別する方法はあるのだろうか? ひとつの有効な方法は、楕円銀河の中にある星やガスの運動を調べることだ。楕円銀河の中に星やガスを注ぎ込んだとしよう。その星やガスは最終的にどこに落ち着くかを調べることができる。今、その落ち着く先の場所を「安定回転面」と呼んでおく。これは学術用語では、「好まれる平面(preferred plane)」と呼ばれている。アンパン型とラグビーボール型では、安定回転面はこんな感じになる(図5)。」
輝明は新しいスライドを見せてくれた。

図5 扁平なアンパン型と、細長い(扁長な)ラグビーボール型の楕円銀河における安定回転面。真横から見ているので、回転面は中央に見える実線で切った部分になる。

「ついでながら、ラグビーボール型の銀河の例をもう一つ見ておこう。NGC5485という名前の銀河だ(図6)。」

図6 ハッブルが観測していた、もうひとつのラグビーボール型楕円銀河 NGC 5485。この銀河の自転軸は矢印で示してある。 https://www.wikidata.org/wiki/Q1120234

「わあー、これも見事ですね。中心の方に黒い筋が見えますね。」
「これはガスを含んだ小さな銀河がぶつかってきて、その名残が見えているんだ。」
「なんだか、銀河の衝突って大事そうですね。」
「それは銀河を理解するには大切なポイントだよ。」

細長い楕円銀河はどのぐらいあるのか?

「アンパン型とラグビーボール型。どっちが多いんでしょうか?」
優子が基本的だが大切な質問をする。
「楕円銀河自身はどちらの形が好きなのだろうか? そういう質問だね。」
「はい!」
「楕円銀河の真の形状を知るには、分光(スペクトル)観測をして自転の様子を調べる必要がある。近傍宇宙で詳しく観測されている銀河の個数は5000個程度。その内、楕円銀河は約二割なので、1000個程度だ。分光観測でラグビーボール型であることが確認されているのは約十個。結局、近傍宇宙では楕円銀河の約1パーセントがラグビーボール型ということになる。残りの大半の楕円銀河はアンパン型だ。ハッブルはラグビーボール型の楕円銀河に気がつかなかったが、彼にその責任はない。」

もし細長い楕円銀河しかなかったら?

「もし、すべての楕円銀河が扁長回転楕円体だったら楕円銀河の分類体系はどうなっていたんでしょうね?」
優子が面白い質問をした。
「まず、楕円銀河の分類図はこうなる。」
輝明は優子の質問を待っていたようにスライドを切り替えた(図7)。
「面白いことに、これらの扁長回転楕円体の楕円銀河を真上から眺めると、どのタイプも丸く見える(円形)。その状況は扁平楕円体楕円銀河の場合と、まったく同じだね。」
「うーん、見かけの効果は厄介ですね。」

図7 すべての楕円銀河が扁長回転楕円体だった場合の楕円銀河の分類体系。オリジナルなハッブル分類と同様に、楕円銀河を真横から見ているとして描かれている。

「この楕円銀河の分類をハッブル分類に組み込むと次のスライドのようになる(図8)。いつものハッブル分類の図とは、かなり印象が異なるね。」
「いやはや、なんとも言えないですね・・・。」

図8 楕円銀河が扁長回転楕円体だった場合の楕円銀河の分類体系を組み込んだハッブル分類の図。 渦巻銀河の系列の図:『The Realm of the Nebulae』Edwin Hubble, Yale University Press, 1936, p. 45

「オリジナルなハッブル分類では楕円銀河→円盤銀河(渦巻銀河と棒渦巻銀河)へと繋がるイメージがあった。しかし、楕円銀河が扁長回転楕円体だと、楕円銀河から円盤銀河への移行はイメージできない。ハッブルは楕円銀河と円盤銀河の分岐点にS0銀河を仮説的に導入したけど、もうその必要性はない。そのため、図7にはS0銀河を入れていない。」
「すごい分類図になっちゃうんですね。」
「もうひとつアイデアがあるよ。」
「どんなのですか?」
「楕円銀河、渦巻銀河、そして棒渦巻銀河の三種類の銀河がパラレルな系列をつくる可能性だ(図9)。ただし、そこに物理的な意味づけを与えることは難しい。単なる分類ということになってしまう。銀河進化論の理解の助けにはなりそうもない。」

図9 楕円銀河が扁長回転楕円体だった場合、楕円銀河、渦巻銀河、そして棒渦巻銀河の三種類の銀河がパラレルな系列をつくると考えてもよい。 渦巻銀河の系列の図:『The Realm of the Nebulae』Edwin Hubble, Yale University Press, 1936, p. 45

「それでも、面白いです!」
「大事なことは、自由にいろいろな可能性を考えることだ。失敗しても、銀河の奥深い性質を知る手立てにはなると思うよ。優子もどんどんやってみるといい。遠慮は無用だ。」
どうも古民家カフェでぼうっとコーヒーを飲んでいる場合ではなさそうだ。もう少し真面目に銀河に立ち向かっってみよう。優子はそう思った。なにしろ、銀河は人智を超えて進化している。しかし、「形状」を正しく理解すれば、正しい銀河の進化が見えてくる感じもする。だからこそ、ハッブルもそうしたんだ。そう思うと、勇気が湧いてきた。

「よし、古民家カフェに行こうっと!」

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第一話 神保町の天文部で銀河を語るhttps://note.com/astro_dialog/n/n7a6bf416b0bc

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