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【読書処方箋】月の裏側 恩田陸

症状 懐かしさが恋しい
   B級ホラーへの禁断症状がおさまらない

きょう‐しゅう【郷愁】キヤウシウ
①他郷にある人が故郷をなつかしんで寄せる思い。ノスタルジア。「―にかられる」
②過去をなつかしむ気持。「若き日への―」

なつかしさ風味のホラーを味わいたい時はぜひこの本を手に取って欲しい。

なつかしさを思ってイメージするものは十人十色で、私の場合は長く住んだ某県の社宅の庭やベランダ、近所のパンダ公園の遊具、父の車の匂いなどが思い出される。これを書いている今も思い出すことでなんとなく胸が締め付けられるような、涙腺が痛むような、そんな古い思い出で、それらは確かに過去存在したものである。

しかし、それは全てあなた自身が体験した絶対的な事実であるか?と問われると果たしてどうだろう。私はこの本を読んだ後にこれを考えていたら、胸がどきりとした。

人の細胞は3年で全て入れ替わると言う。情報が遺伝子を介して受け継がれているとはいえ、果たして3年前の自分と今日の自分は同じであると言えるのであろうか。そして、明日隣のデスクに座る同僚ははたして昨日の同僚と同じであるのだろうか。
社会人になり、働き、食べ、寝て、そしてまた起きて働くというルーティンを消化するだけの日々に、私と言う存在の意思は反映されているのだろうか。

本作ではホラーやSFでは古典的とも呼ばれるテーマが採用されているが、上記のような「自分の存在とはなんだ?」と、脳を揺さぶられるように考えさせられるような読後感であった。
しかし、こんなことを考えているのは決して健全ではないのであまりおすすめはしない。

なつかしさは記憶があるからこそ感じられるものである。歳を取れば昔の記憶は徐々に頭の奥底にしまわれて、引き出すことも難しくなる。たとえそれが成り代わられた周りと同じにされた自分でも、引き出したい記憶を保持していれば幸せだろうか。
私は自分をもって、自分の人生を全うしたいなと思う。

私はまた恩田陸ワールドの罠にまんまとはめられて、再び別の本を手に取って読むことになるだろう。

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