50歳
1992年に20歳になりました。
僕の人生の先生、父から教わったことです。
幼稚園児の頃、
「○年生だぞ。」
偉そうにする小学生を見上げました。
でも、といざ自分がなってみると違いました。
中学生も同様です。
高校に入るには時間を要しました。
今の子は知らないでしょう。
高校にすら進学することが難しい時代がありました。
なので、自分はタイに渡りました。
人がしたことのないことをすることが夢への近道と
考えたからです。
携帯電話と呼ばれる時代から持っています。
もう30年近くなるでしょうか。
10年ちょっと前にiPhoneが出て、でも、その時は
ソフトバンクだけでした。
なので、ドコモが販売するのを待っていたのですが、
販売しそうにないので、違う番号でもう1台持つことに
しました。
ジムの転送用の番号を変える訳にもいかなかったという
こともあります。
当時、番号はそのままで機種編ができなかったのです。
今も、昔からの知人に対してのみ、その番号でやり取りしています。
死んでしまった友人からまた電話がかかってくるかもしれません。
転送用の携帯に営業の電話も度度あります。
「館林様。」
先程、ある業者から電話がありました。
「立嶋です。」
「失礼いたしました。」
そんなことも同様にあります。
「失礼いたしました。館林様。」
頭の中を心配したくなるような出来事も同様です。
「それでですね、立嶋様。」
再び耳を傾けます。
「ありがとうございます。館林様。」
御社とは契約いたしかねます。
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特にお得なことはないかもですが、でも、僕が
思うこと、感じたことなどを日日綴ります。
キックボクサーな日常と、立嶋な日常
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100戦してこれまでの減量や試合にまつわる客席からは 感じることのできないことなどを 綴れたらなと思います。 なんの参考にはならないけれ…
これがなんのことやらか、ようやく 理解しました。 どうもです。 頑張ってホームラン打とうと 思います。