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☆おっさん骨肉腫(肺転移)闘病記 〜その19〜

さて、経済的なことを正直に書いていきたいと思います。

私は骨肉腫という病気になりましたから、当然その後すぐ治療に専念しておりました。仕事は有休、休職を経て、1度重粒子線治療後に事務職で復職しましたが、大腸がんになりその後退職しました。

家庭もある中でどうやりくりしていたのでしょうか。私は病気を選びましたが、その中でもいろいろと安心して治療に専念させてくれる出来事がありました。

休職期間中は保険組合から傷病手当金が出ていたと思います、完全に憶えているわけではないので詳しいことはご自身で調べていただきたいですが、1年半ぐらいはその手当(平均給与所得のパーセント掛け)が支給されました。また他にも、高額ではないですが、保険組合からの三大疾病一時金、両親が掛けてくれていたがん保険の一時金などが支給されました。これらは次の2つに比べれば特筆すべきではないのですが、感謝は述べておきたいです。今の時代だからこうした福利厚生があるわけで100年も時代をさかのぼれば、同じ病気になってもこのような恩恵はなかったんだと思います。初めに声を上げた方は偉大だと思います。その方のおかげです、感謝します。

そして特筆すべきまず1つ目は、会社の団体保険である(任意)、長期所得補償保険に入っていたことです。これは簡単に言えば、致し方ない理由で働けなくなった時に、ある一定の期間が経った後(私の場合は1年半でした)基本給の何十%が支給されるというものです。支給期間は5年と、60歳までとありましたが、当然長いほど月々の保険料は高く、こうなるとは誰もわかっていませんから、自分に合った掛け金の5年に入っておりました。途中で働ける状況になればその分の給料を差し引いて支給されますし(越えれば0)、当たり前ですが定期的に医師の診断書が必要です。私は転移・再発、そして少し余計な💦大腸がんまで患っていましたから、途中働ける状況ではありませんでした。ですが実はもうすぐ支給期間は満了です。😅(冷や汗)

もう1つ大きかったのは、住宅ローンに7大疾病特約というものをつけており、1年間該当する疾病で働けなくなった時に住宅ローンが完済する、というものでした。ここまで書いた時点で、世のお父さんお母さん方はお怒りかも知れません、めっちゃええやん❗️と。ですが、公平な立場から見てめっちゃ良かったのかどうかはご判断ください。😁 そしてもちろんがんは現役バリバリの7大疾病ですから私は該当したのでした。何かあった時のため、ちゃんといろいろ書類は置いておいてくださいね❗️

そしてこれから先、ということを考えると、先程書いたように所得補償保険はもうすぐ切れてしまいます。まだ働いていません。ですが、私は楽観的です。夢を持って生きていきたいと思ってます。なぜならそれが1番のがんの処方箋であり予防薬なのですから!この事はどうか憶えていて欲しい❗️

これまでのブログを読んでいると疑問に思った方もいたかも知れません、そんな経済的な問題を書きました。参考になれば幸いです。😄

次は…、何書く?😅

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