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朝の光のなか


いつもよりかなり早く家を出た朝だった。

早いから空いている車内。
座席の温かさにホッとして、動き出した電車の揺れを感じていたら、知らないうちに眠りに引き込まれていた。
けっこう深く眠ったようだったが、耳に入ってきた音にふと意識が戻る。
繰り返す、ズズ、ズズという音。聞いたことのある音だが、電車内ではなかなか耳にしない。これは。知ってる音だけど、いやまさか。


寝ぼけた頭のままで見回すと、まだガラ空きの車内でおばあさんが蕎麦をすすっていた。ズズズ。


座席に正座。

窓に沿うように設置されている長椅子に、わたしの方を向いて、つまり進行方向を向いていることになるのだが、姿勢よく正座をしている。
おばあさんのひざの前にタッパーが置かれ、そばはタッパーからすくいあげてるから、家で茹でてきたのだろう。左手に持つ蕎麦つゆは、けっこう離れているからはっきりとは見えないが、ああ、あれは。なんだっけ。そうだ。なめ茸だ。なめ茸の瓶に蕎麦つゆが入っている。そうか、蓋もきっちり締まるし、口がすこし狭いことをガマンすれば、つゆを入れて持ち歩くにはたしかに便利かもしれない。

ズズ、ズズズズ。と小気味良い音は続き、見るとはなしに見ていたけれど、あっという間にタッパーは空になったのだろう、なめ茸の瓶は蓋を閉められ、タッパーと共に手際良くリュックにしまわれた。

おばあさんは、正座をやめ、向きも変えて普通に椅子に腰かけて、ひと息、はああと満足そうに息をつく。
朝の光が燦々とふりそそぎ、電車がただ電車の走る音だけを響かせる平和な世界が訪れた。

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