🟨 日本人の9割が知らないタイ飯⑤ 〜愛と幻想のパッタイ〜 🟨

2024年7月30日 10:33

タイと中国が融合したようなレシピ

パッタイはタイ風焼きそばとか訳されるタイ料理の超人気メニュー｡日本での知名度もむちゃくちゃ高い｡日本人がタイ料理と聞いて真っ先に思い出すメニューの一つ｡

タイ風焼きそばって言われる通り､センレック(เส้นเล็ก)よりやや太いセンチャン(เส้นจันท์)と言われる米粉の麺を具材とタイ独特のソースで炒めて作る｡
このソースがポイントで｡ナンプラー､タマカーム(タマリンド)ソース､砂糖､唐辛子などタイっぽい材料を合わせて､塩味、酸味､甘味､辛味がちょうどよくバランスが取れた味に仕上げてく｡甘すぎず辛すぎずちょうどいいのが美味さの秘訣｡

センレックかセンチャンか問題は､お店によっていろいろだけど個人的には食感がはっきりしたセンチャンが好み｡
ちなみに下の画像の①センチャンがほとんどだけど､②センレックもたまにある｡③センミーはかなり珍しい｡④ウンセンを選べるお店もあったりする｡

パッタイのレシピが載ってるサイトを見ると､いろんな種類の具材が使われてる｡
下の画像の左上段がタマゴ､トーフルアン(เต้าหู้เหลือง 黄豆腐)､チャイポー(ไชโป๊ว 干し大根)､ニラ､マカーム(มะขาม タマリンドソース)｡下段がマナオ､ナンプラー､唐辛子､ニンニク､赤タマネギ､ナムプリックパオ(น้ำพริกเผา チリペースト)
ちなみにトーフルアンは木綿豆腐をターメリックと塩で茹でたもの｡チャイポーは中国潮州発祥の大根漬け｡

このレシピはパッタイが中国由来の食材を使いながらタイ由来のソースを使うハイブリッドなメニューだってことがわかる｡そして中国由来の｢炒める｣という調理法を使った｢中国系タイ料理｣だから､タイにもともとあった土着の｢ルーツ系タイ料理=ジャングルフード｣とは違う｡

パッタイといえばカオサン?

個人的にはパッタイというとカオサン通りのイメージがあったりする｡屋台にいろんな麺を山盛りにして注文が入ると具材を入れて炒める｡10年くらい前は1皿10฿とかで売ってた記憶が｡
見た目も美味しそうじゃないし食べたこともない｡当時は観光客向けのジャンクフードだと思ってスルーしてた｡

今回改めてカオサン通りのパッタイをしみじみ眺めてみたけどほとんどのお店は相変わらず同じように山盛りの麺を積み上げて売ってた｡やっぱりこれ見て食欲はわかない｡お値段は最安のお店で40฿と10倍になってたけど｡

唯一パッタイらしいものを売ってたお店は下の画像の一軒だけ｡お値段はチキンパッタイ60฿､エビパッタイ80฿､タマゴで包んだパッタイ100฿｡

ちなみにパッタイの綴りはタイ語でผัดไทย｡でもたまにผัดไทと間違って綴った看板を見かける｡ผัดไทยが正しい綴りってことはタイ王立協会が2007年に公表してる｡タイ人がタイ語の綴りを間違えるのは珍しくともなんでもないけど､こんな目立つ間違いをなんでするのか｡なんか他に意味があるのかは不明｡

日本のレシピにビックリ

しかし今回パッタイを取り上げようと思って日本のタイ料理レシピサイトを眺めててビックリ｡なぜか食材リストに｢厚揚げ｣｢沢庵｣がほぼ全部のサイトで必須になってる｡

試しに｢三越伊勢丹の食メディアFOODIE｣の｢プロ直伝、パッタイのレシピ。3つのコツで本格的な味に｣を見てみるとビックリするコメントが…

「本格パッタイのように、味に奥行きを与え、食感のアクセントとして欠かせない食材が、たくあんと厚揚げ。手軽なのに本格的な仕上がりになりますよ。『日本の食材でしょ？』と思われがちですが、実はタイでもよく使う食材です」

プロ直伝、パッタイのレシピ。3つのコツで本格的な味に

もちろんタイに厚揚げも沢庵もない｡普通のタイ人は知らない食材｡さすがにこれはちょっと雑すぎ｡日本で手に入りにくい食材は代用しなきゃいけないってことはわかる｡そうならそう書くとか､もう少しタイ料理にリスペクトしてほしい｡

じゃないと日本のガパオライスみたいにガパオが入らないレシピが大手を振って歩き始めるようなことになりかねない｡

とは言ってもアメリカのタイレストランではタマリンドソースの代わりにケチャップ入れてるらしいからね｡

⬆️あまり関係ないけどGordonRamsayが自ら作ったパッタイをタイ人シェフにこき下ろされるYouTube動画があって笑ったので貼っときます｡

ファシスト独裁者のメニュー

じゃあパッタイはいつからあるのかって話だけど､有名なのは第二次大戦の頃の首相だったピブン元帥のエピソード｡

潮州人とタイ人のハーフに生まれたピブンは1914年に国軍士官学校を卒業後フランスに派遣される｡この時若きピブン元帥は当時ヨーロッパで共産主義と共に流行していたファシズムに感化されてしまう｡

ファシズム思想の民衆運動が､第一次対戦後に崩壊あるいは弱体化した王政=封建体制を追い詰めた時代｡ピブンもこれを見て､立憲革命直前の王権が失墜しつつある当時のタイ王国にオーバーラップして見えたのかもしれない｡

⬆️YouTubeで見つけたピブン時代の｢クイティアオ奨励ソング｣

その後1932年の立憲革命を経て1937年に首相に就任｡独裁政権を樹立｡ファシズム政策を断行｡その中で､｢ラッタニヨム｣と呼ばれる､国旗掲揚､国歌斉唱､フォークスプーンの洋式食器使用奨励､伝統的民族衣装から洋装化の推進など｢タイ文化革命｣を開始した｡この中にはナチスのユダヤ人迫害を模して中国人､潮州人排斥による経済的文化的ナショナリズムも含まれる｡(※)
https://www.silpa-mag.com/history/article_48093

個人的には明治時代の日本の文明開花的な西洋かぶれ的な政策にしか思えないけど｡

その中の一つが1942年の｢クイティアオ食べようキャンペーン｣｡それまでタイ国内の中国人が食べてたクイティアオ炒めをタマリンドなどタイ由来のソースを使い､中国食材と認識されていた豚肉を乾燥エビに代え国民食として奨励した｡(※)
https://www.silpa-mag.com/history/article_92272

この｢クイティアオ食べようキャンペーン｣もそれまでインドのように伝統的に手食文化が根づいていたのをスプーンとフォークに変えさせようとするピブン式文化革命の一環だったんだと思う｡

ピブン氏が麺料理プロジェクトを進めていたのは、まさにこの緊迫した雰囲気の中でのことだった。自分をナポレオンに例えるのが好きだったピブン氏は、ムッソリーニのようなファシスト指導者の型に自分を当てはめ、自らを「指導者」としてお世辞を言う報道を義務付けた。Priceonomics で指摘されているように、彼は学校での中国語の使用を禁止し、華人を要職から排除し、中国料理の屋台を街から追い出すことでタイのナショナリズムを追求した。

The Oddly Autocratic Roots of Pad Thai

パッタイを考案した独裁者ピブン元帥は｢クイティアオ食べようキャンペーン｣から15年後の1957年9月16日に腹心のサリット元帥のクーデタで失脚｡東京で亡命生活を送る｡1964年6月11日神奈川県相模原市で客死した｡