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【絵本レビュー】 『のろまなローラー』

作者:小出正吾
絵:山本忠敬
出版社:福音館書店
発行日:1967年1月

『のろまなローラー』のあらすじ:

道路を直すローラーはいつもゆっくりゆっくり。スピードの速い自動車が次つぎに追いこしてゆきますが……。


『のろまなローラー』を読んだ感想:

「君と付き合い始めて学んだことの一つは、コツコツだね」

旦那に時々言われます。なんでも「今」実現しないとじれったくて仕方のない典型的(と言うべきなのでしょうか)ラテン気質の旦那は、私の書道教室に来て数回目に「これってうまくかけるようになるのに一体何ヶ月くらいかかるの?」と聞いてきました。「三、四年でまあ思うようにかけるようになるかな」と言うと、「なんだよそれ」と筆を放り投げそうになりました。それはなんとか止めましたけど。

まあそんな旦那ですから、割と短気な私でも忍耐力があると見えるのでしょう。私は短気で飽きっぽいです。父にもいつも「お前は根気がない」と怒られていましたから、私のもともとの気質は旦那と大して変わりはありません。

違いは、おそらく旦那は先をいつも見ているのに比べ私は先が見えてない、というところでしょうか。就職活動に失敗したのも、十年先、三十年先の自分自身が働いている姿を想像できなかったため。書いているブログを将来どういう方向に持って行きたいのかもわかっていない。さらにはドイツ人の友達に、来月の二十日月曜日の予定を聞かれると頭が真っ白になる始末です。

私には未来形がない。みんなには冗談で言っているけれど、いかんせん冗談ではないのです。それに対して旦那は今始めることでもすぐ将来を考える。彼にとっては何もかもが投資。将来性が見えないものには時間を費やしたくないのでしょう。だから私のやり方を見ているともどかしいようです。

のろまなローラーは私だな、と思いました。やればできるのにいつも始まりがもどかしくノロノロしてしまいます。

かつて水泳をしていた時、地区大会やジュニアオリピック予選にも行けるくらい泳げていたのですが、いつも試合になると身体が動かなくなりました。待合室で見る他の選手たちがジャンプしたり手をグルングルン回して士気を高めているのを見るだけで尻込みしてしまって、いざ水に飛び込んだ時身体が萎縮してしまっているんです。だからもちろん最初の二十五メーターくらいは後ろの方。そのうち周囲のことを忘れてリラックスしたことと、初めに飛ばして疲れて来た選手がいることでジリジリ伸びては来るのですが、上位の三人には入れたことは少なかったです。それでコーチに「お前はスロースターターの車みたいだな」とよく言われていました。

現役時代はそれがプレッシャーで、毎回試合の日はとても憂鬱だったのですが、気がついたんです。「私は競争向きじゃない」と。誰かに勝ちたいと思わないのです。自分自身の記録が早くなったとか、自分の作品が誰かに気に入ってもらえたことは嬉しいし、やりがいにもつながりますが、勝ったところで得る幸せ度はあまり高くないのです。

「私には競争心がない。」
そう考えると納得できました。さっさと高校の競泳部もやめました。父は怒って「もう水泳はさせない」と言ったけれど、私はバイトのお金で区営や市営のプールへ行ったり、さらにはジムの会員になって泳ぎ続けました。泳ぐことは好きだったからです。コロナのためベルリンのプールは閉まっているけれど、今だって泳ぎたくてうずうずしています。

競争がなかったから書道も続けられたのだと思います。同じクラスにいた一つ下の男の子はすごく熱心で、大学に入る頃には師範の試験も受けて、どこかの協会の審査委員も頼まれていたくらいでした。それに比べて私は、毎週通って先生とお茶を飲むという具合でした。先生は一切その男の子と私を比べるようなことはしなかったし、私もどんどん資格試験を受けていく彼をただすごいなと、認めていました。そこで「私も!」とならなかったのですが、私は今も書を続けているし、私の大切な仕事の一部にもなっています。

競争心があることは悪いことではありません。競争心が何かをするモチベーションになることだってあるでしょう。誰かを目標にすることで先に進んで行ける人もいると思います。でももしそうではなくて、今日その日の練習やトレーニングを楽しみたいというのなら、それも素敵なことだと思うのです。気がついたら十年もしていたと後ろを振り返ってみたら、自分の大きな成長に気がついた。そんな生き方もあるのではないでしょうか。

ローラーはのろまなのではなくて、コツコツ日々前進してるんですね。

そして金曜日noteを始めて一年が経ちました。続けようと思って書いていたわけではなかったけれど、もう一年。よく続いたなと我ながらびっくりですが、私の備忘録に付き合って頂き、本当にありがとうございます。 


『のろまなローラー』の作者紹介:

小出正吾
1897年、静岡県に生まれる。児童文学作家。元明治学院高等学部教授。日本児童文学者協会会長、日本児童文芸協会顧問、アジア・アフリカ作家日本協会委員会会員を歴任。1939年、児童話『たあ坊』で児童作家協会第1童話賞受賞。代表作『のろまなローラー』『ジンタの音』などがある。1990年没。


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