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【絵本レビュー】 『うきわねこ』

作者:蜂飼耳
絵:牧野千穂
出版社:ブロンズ新社
発行日:2011年7月

『うきわねこ』のあらすじ:

誕生日のプレゼントでもらったうきわは空をとぶ不思議なうきわでした。まんげつの夜の忘れられない出来事。

『うきわねこ』を読んだ感想:

この本のレビュー二回目です。読むたびに違うことを思い出させてくれたり考えさせてくれるのが、絵本のいいところですね。

私の祖父の印象は口数が少ないけど優しいおじいさんでした。盆栽が趣味で昼間はいつも庭にいるか、当時買っていた犬の散歩をしていました。犬は私のいとこたちのために飼ったのだけど、大きくて力が強すぎて、いとこたちは近づきさえしませんでした。結局祖父にしか懐かず、彼が毎日散歩することになったらしいのですが、結構吠えたので結局は他の家族にあげてしまったそうです。家にいるときの祖父はいつも肌襦袢姿で、今の椅子にどっかりと座りテレビを見ていました。私が遊びに行くと大抵空いているのは祖父の近くだったので、自然とそこが私の場所のようになっていた気がします。みんなでテレビを見ていると上から声がします。

「おい、薬飲むからよ、水持ってくれねか」

台所から水を持って来ると、「お、ありがと」。
私は祖父が薬を飲むのをぼんやり見ていました。伯父や伯母もいとこたちもテレビに夢中なのか祖父の声にも気づいた様子はありません。そういえばいとこたちが祖父と話しているのを聞いたこともないような気がします。

母からは祖父はとても口数の少ない人だったと聞いています。みんなでご飯を食べに行っても、会話に入るということはありませんでした。でも私は数少ない祖父との時間の中で、いつも何かしら話をしたという記憶があります。水を持って来ること、「お小遣い」と言っていつもくれた二千円、レストランへ行くタクシーの中で「全部自分の歯だ」と得意げに教えてくれたこと、戦争に行ったとき仲間と一緒にボールペンのインクで刺青を彫ったこと。

お酒が大好きだった祖父は、私が小学校高学年の時に脳溢血で倒れ、リハビリのために入院していた病院で肺炎でなくなりました。ゴインセイが誤飲性だと理解したのは、私の父が脳梗塞で倒れた時でした。暑い夏の日、私は両親に連れられて、入院中の祖父に会いに行きました。車で二時間くらいかかる家からえらく遠いところに入院していたことを覚えています。祖母に身体を少し支えられてベッドに座っていた祖父に、父と母はさっと近寄って挨拶に行ったけど、私は病院という場所と、いつもと様子の違う祖父が少し怖くて入り口に突っ立ったままでした。

「こっちおいで」
祖父がベッドの上から私を呼びました。恐る恐る近く私。祖父の真っ白な髪は寝癖でまっすぐ立ち上がり、まるで仁王様のようでした。パジャマを着た仁王様は両手で私の手をしっかりと掴み、
「こんな遠くまで、よく来てくれたなあ」と言いました。
私は祖父の手のちょっと乾いた、でも柔らかい感触にちょっとびっくりして何も言えませんでした。そしてすぐ大人たちは祖父を囲んで話し始めたので、私はそれ以上祖父と話すことはありませんでした。そしてこれが祖父との最後の会話となったのです。

空は飛べなかったけど、私にも大切にしたい祖父との二人だけの思い出があるなと、この絵本を読んでいて気がつきました。


『うきわねこ』の作者紹介:


蜂飼耳(はちかいみみ)
1974年、神奈川県生まれ。 早稲田大学文化構想学部教授を経て、立教大学文学部教授。詩を中心に、小説、エッセイ、児童文学など、さまざまなジャンルで活躍。2000年、詩集『いまにもうるおっていく陣地』(紫陽社)で第5回中原中也賞受賞。絵本『ひとりぐらしののぞみさん』(絵・大野八生/径書房)、「イソップえほん」全5巻(岩崎書店)などがある。


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