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【絵本レビュー】 『ひつじのむくむく』

作者:村山桂子
絵:太田大八
出版社:福音館書店
発行日:2009年12月

『ひつじのむくむく』のあらすじ:

お百姓にもおかみさんにも牝ウシにも、誰にも遊んでもらえないヒツジのむくむくは、道で出会ったオオカミに遊んでと声をかけて付いて行ってしまいます。

『ひつじのむくむく』を読んだ感想:

今忙しいからだめ

息子に何度も言う言葉です。特にロックダウン中幼稚園がなかった時、私は十分おきくらいに言っていたと思います。悪いなあと思うこともありますが、本当に終わらせたいことがあってイライラしていたこともあったと思います。幸いまだ四歳の息子は一人でアパートを出て行くすべも知らず、退屈でブツブツ言いながらも家にいてくれています。でももし郊外に住んでいて自由に道を歩きまわれる状況だったら。。。そんなことを考えてちょっと心配になってしまいました。

コロンビア人の友人が母国である誘拐について話してくれました。
「民族衣装のような大きなスカートを履いている人には絶対注意!」
彼女は言いました。スカートの中に子供を隠して連れて行ってしまうのだそうです。それは怖いですね。

私は子供の頃、結構放って置かれました。大都会に住んでいたし、父はかなりの過保護であったにもかかわらず、四歳の時の私は一人でマンションを降りて買い物に行ったり、十分くらい歩いたところにある公園に一人で行ったりしていました。父や母が「今は忙しいよ」と言ったかどうかは覚えていませんが、父が遊んでくれたという記憶がないので、そういうものだと理解して一人で遊んでいたのかもしれません。父はすでにかなりの年齢だったので、子供と遊ぶのは疲れることだったのかもしれません。

そして子供の頃の私は大人と話をするのが大好きでした。父の経営していた喫茶店に来るお客さんたちの横に座って、いろんなことを教えてもらいました。特に私とよく話してくれた女性のお客さんがいました。

私は幼稚園の後店で過ごすことが多かったと思います。店が終わってからも父は片付けなどがあったので、私は寝てしまうこともあって、寝ぼけ頭で父に手を引かれて、薄暗くなった道を帰ったことも何度もありました。

そんなお店によく来ていた年配の女性の隣に、私はよく座って話をしました。なんでも聞いてくれたし、色々なことを教えてもくれました。今考えると、息抜きにお茶を飲みに来ていたのに、幼稚園児の面倒をみることになってしまって申し訳なかったですね。でも当時の私にとっては、お気に入りの大人の一人でした。

ある日その女性が不思議なものを見せてくれました。手のひらくらいの大きさの、オレンジ色の風船みたいなものでした。
「ほおずきっていうのよ。」
そういうと風船を剥いて、中のオレンジ色の実を見せてくれました。

彼女はほおずきをもう一つ出すと一つを私にくれ、もうひとつの実を優しくもみはじめました。
「そっとマッサージして中の種が透けて見えるくらい柔らかくなったら出来上がり。」
私は一生懸命実を揉み始めました。その間女性は他のお客さんと話をしています。だんだん中の白い種が見えて来ました。
「もうできた?」
「もうちょっと」

五歳の私の忍耐力にもそろそろ限界が来ていました。
「もういい?」
「もうちょっと」
私はその後どうなるのかが知りたくてたまりませんでした。ただ意味もなくほおずきを揉んでいることにも飽きてきたのです。
「もういいとおもう」
「そう?じゃあ試してみようか」

女の人は私からほおずきを受け取ると、そっと実の根元を動かしました。根元が少しずつ剥がれました。
「ちゃんと柔らかくなっていると、するっと抜けるのよ。」
そう言いながら、実をそっと引いていきました。緊張の瞬間です。

ピリっと実の皮に切れ目が入りました。
「あっ」
実の中は完全に柔らかくなってはおらず、実のかたまりが裂けた川の中からボロリと出て来ました。がっかりです。
「私のがうまくいくかもしれないよ」
女性はそう言って、もうしばらく実を揉んでいました。そしてそれからさらに永遠(と思えた)の時が経った時、「できた」と女性が言いました。

さっきと同じように、実の根元をそっと動かしながら剥がしていきます。今度は上手に実と袋が綺麗に分かれました。それから彼女は父に爪楊枝をもらうと、中に残っていた種と実を全部掻き出しました。手に残ったのはぺちゃんこの小さな袋。

「な〜んだ、こんなものか」と興味を失いかけたその時、女性はその袋をぽいっと口に入れました。スッと息を吸い込むと、口からムギュっというような音がします。振り返ると彼女はしてやったりという顔で笑っています。私は彼女に近づいて顔を見ました。すると舌を突き出して、またしぼんだほおずきの実を見せます。私の顔は謎だらけだったに違いありません。女性はケタケタ笑うと、舌を引っ込めてまたスッと息を吸い込みました。そして、キュ。また音がします。

「こうやって遊ぶんだよ」
それから三十年以上経っても私の忍耐力が向上した様子はなく、未だにほおずきを上手に剥がすことができた試しがありません。今でもほおずきを見るたびにこの女性を思い出すのですが、それにも増して、私は羊のむくむく同様、いろんな大人に助けてもらって大きくなったんだなあと感謝の気持ちでいっぱいです。


『ひつじのむくむく』の作者紹介:

村山桂子
1930年、静岡県生まれ。文化学院卒。お茶の水女子大学幼稚園教員養成課程修了後、幼稚園に勤務。第2回全国児童文化教育研究大会童話コンクール入選。主な作品に、『たろうのばけつ』『たろうのおでかけ』『たろうのともだち』『おかえし』『ひつじのむくむく』(以上、福音館書店)、『はねーるのいたずら』『きょうだいぎつねの コンとキン』(ともに、フレーベル館)、『もりのおいしゃさん』『コンタのクリスマス』(ともに、あかね書房)などがある。


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