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【絵本レビュー】 『しろちゃんとはりちゃん』

作者/絵:たしろちさと
出版社:ひかりのくに
発行日:2013年10月

しろちゃんとはりちゃん』のあらすじ:

しろうさぎのしろちゃんと、はりねずみのはりちゃんは大の仲良し。森の家で一緒に住んでいます。しかし、ちょっとしたことで大ゲンカに。大雪の中へ飛び出して行ったまま帰ってこないはりちゃんの事が気になり、妄想が膨らんで…。果たして二人は仲直りできるのか…?


しろちゃんとはりちゃん』を読んだ感想:

ベルリンで十二月にした絵本交換会で借りてきて、うちの五歳児の大のお気に入りとなりました。そしてお気に入りの言葉は、「エビたまごカレー」。そうそう、エビを買う約束をしていましたっけ。

最近は日本でもハウスシェアが少しずつ浸透しているようですが、私が初めてハウスシェアをしたのはロンドンでした。ホストファミリーの家を出て初めて住んだのは、エリカ・バドゥみたいにかっこいい大家さんの持ち家で、四人のジャマイカ人と中国人一人がハウスメイトでした。そのあと住んだ家は私以外全員イギリス人でした。とてもハイソなエリアにある三階建ての家で、よく二十代の私たちが借りられたものだと帰ってくるたびに思っていました。そのあと仕事の同僚とアパートを借りましたが、借りてすぐに同僚にカレができてほぼ帰ってこず、結局同居するからとフラットシェアは解消。次の家を探していた時、別の同僚も家探しをしていたので一緒に住むことになりました。

スペイン人の彼女とは割と長い知り合いだったので、なんとなく知っている気になっていたのでしょう。住み始めて少しするとなんだか彼女がピリピリしている日が多くなりました。仕事場のシフトが一緒になることも多く、一緒に住んでいるので帰るのも一緒なんだろうと考えた私は、なんとなく彼女を待っていたんですね。そこからまず始まったのでしょう。家でもついつい日本人のくせである「ちょっとごめん」が出てしまったのも、彼女の気に障ったようです。

ある日夕食を食べ終わったあと、先に済んだ彼女が洗い物をしていたんですね。洗わせるのも悪いと思った私は、自分の皿を持ったまま所在無げに立っていました。彼女が「ここに入れて」とシンクを指差したので、私は「あ、ごめん、いいの?」と言ったことがきっかけで彼女は爆発しました。

「嫌だったら入れてって言わないでしょ!なんでいつも待つのよ!それになんでいつも「ごめん」なの!私が悪いことしてるみたいじゃない!」

「ちょっといい?」「ちょっとごめん」「ごめんね」
こんな言い回しで育った私にとって「ごめん」を言いすぎと言われたのは初めてでした。「他人のことを考えて行動する」のも日本ではいいマナーとされていたはず。私の頭はショートしかけていて、どうして彼女が怒っているのかは理解できず、私はただ困惑していました。

彼女は言うだけ言うと部屋に入ってしまい、その夜彼女を見ることはありませんでした。カルチャーショックとはこういうことをいうんでしょうね。スペインに五年住んだ今なら理解できますが、彼女の文化と日本の文化はある意味正反対だったのです。でも当時の私はするすべもなく、私は彼女を避けることにしました。翌日私たちは二人ともシフトが入っていたので、朝一緒にならないように、私は仕事前にプールへ行くことにしました。二時間も前に家を出たので彼女は起きて来ず、第一関門は突破。仕事場では他に同僚たちもいるので二人きりで話す機会はなく、仕事の後もさっさと一人で家に帰りました。あとは部屋で夕飯も食べて、共有スペースで彼女に会うことも避けました。後から帰ってきた彼女に「明日の朝プールに行くから寝るね」とだけ言って部屋に引きこもるという、あきら様な避けぶりだったと思います。

そんな風にして一週間ほどが過ぎました。その日もシフトが一緒だったのですが、帰ろうとすると
「ちょっと待って、一緒に帰ろう」と彼女が言いました。
彼女が片付けを済ますのを待っている間、私は正直ドキドキしていました。フラットの解消かなとか、また怒鳴られるのかなとか考えていたのです。仕事場から駅までがこんなに長く感じたことがなかったのは、二人ともだんまりしていたからでしょう。プラットフォームに座って地下鉄を待っていると、彼女が口を開きました。
「私のこと避けてたよね。」
「そうだね。」
「私の許可を待ってる感じがして嫌だったんだ。」
そう彼女は説明してくれました。
「そうだったんだ。」
そんな風に感じる人もいるんだ。私にとっては新しいことでしたが、彼女が怒った理由はわかりました。
「ごめんね」
「ごめん」

この喧嘩をきっかけに、私たちはとても仲良くなりました。彼女は大抵スペイン語を話す友達と集まっていたので、英語よりスペイン語を聞くことが多くなりました。私がスペイン語を習い始めたのは、彼女がきっかけです。その二年後私はオーストラリアへ移住することになった時、彼女は空港へ見送りに行きたくないと言って、わざわざその日にシフトを入れました。家に来たタクシーに乗り込む時口を開こうとした私に、
「お願いだから泣かないで!」
彼女はそう言って私の腕をさすると、タクシーのドアを閉めてしまいました。あの時口を開いていたら、私は絶対泣いていたはずです。彼女はちゃんとわかっていたんですね。

遠くオーストラリアまで私を訪ねて来てくれたのも彼女でした。私は仕事が休めなくて、あまり一緒に時間を過ごせなかったのが残念でしたが、それでも一緒にグレートバリアリーフを見に行ったり、車で近くの自然公園に行ったりしました。

しろちゃんとはりちゃんのように、喧嘩をすることで仲良くなれるのでしょうか。それとも仲がいいから喧嘩ができるのでしょうか。私は後者のような気がします。喧嘩をするには素の自分でいる必要があるでしょう。着飾らない素の私であったから喧嘩ができたと思っています。喧嘩をした時点で、私たちはすでに心の許せる仲良しだったのでしょう。そう考えると、後にも先にも喧嘩をしたのは彼女だけです。

最近は話すことも少なくなりましたが、きっと会ったらぎゅーっとハグをしてくれることでしょう。


 


しろちゃんとはりちゃん』の作者紹介:

たしろちさと
1969年、東京都生まれ。大学で経済学を学んだ後、4年間の会社勤めを経て、絵本の制作を始める。世界的編集人、マイケル・ノイゲバウアーが見い出し、「ぼくはカメレオン」で世界7カ国語同時デビュー。『5ひきのすてきなねずみ ひっこしだいさくせん』で2011年日本絵本賞を受賞。作品に、『ぼくはカメレオン』(グランまま社)、『かあさん』『ねえ、あそぼうよ』(以上、「こどものとも0.1.2」福音館書店)、『じめんのしたの小さなむし』(福音館書店)、『くんくん、いいにおい』(グランまま社)、『ポレポレやまのぼり』(大日本図書)、『ぼくうまれるよ』(アリス館)などがある。神奈川県在住。


 
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