副顧問の先生、体育祭でレオタードを着る
「今年はやめるって言ってませんでしたか?納得いきません」
「ごめんなさい。職員会議で通らなかったの……」
「そんな」
「今年でやめるから」
「誤魔化さないでください。今年のことをお話ししているんです」
体操部の女子エースの二人、三年生の小宮陽子と生田明穂が怖い顔で私の前に立っている。体育祭の事だ。
私の勤務する第三中学では、体育祭の開会式のあと全員で学校オリジナルの準備運動をすることになっている。その際に皆の前に出て体操指導の演技をするリーダーを毎年体操部員がつとめてきた。それには問題がない。問題は、男女共に競技用のユニフォームを着て演技する伝統があることだった。男子は試合用のジムシャツに短パン、女子は試合用のレオタードを着ることになっている。男女共に試合用の肌の露出が多いものだ。体育祭の準備運動でそんなものを着ることはないのでは?という意見は以前から部員たちや一部生徒から出ていた。しかし「伝統」の一言でこれまで却下されてきていた。
昨年新任でこの学校に来た時に、競技経験があるということで体操部の副顧問になった。そしてこの問題を生徒と話し合い、他の生徒と同じハーフパンツの体操着で演技しようと意見がまとまった。ただ、それは部内で生徒と副顧問の間でまとまっただけだった。顧問の先生は説得できたが、職員会議ではほぼ門前払いに近かった。
「もし変更できないなら、私たちやりませんから」
「ごめんなさい。私の力不足で。今年だけなんとかならないかしら」
言ってはみたものの、自分自身も選手時代には試合会場での変な視線や盗撮に悩まされた経験があった。体育祭は保護者たちも大勢見にくる学校行事だ。部員たちの気持ちはよくわかる。
「本当に私たちの気持ちをわかってくれているんですか?」
「わかる。わかるわ」
「どうにかならないんですか」
「どうにか……」
どうにか、と言っても、これまで通りにやるか、変えるか、の二択で、変えるの選択は封じられている。
「わかりました。じゃあ、先生、一緒にやりましょう」
生田が強い目で私を見ながら言った。
「えっ?どういうこと?」
「私たちと一緒にリーダーをやってください。私たちと気持ちを一緒にしてほしいんです」
「一緒に?」
「そうです。先生もリーダーで。部員は予定通りに演技しますから問題ないでしょう?」
「ええ、そうね」
「決まりですね。先生もレオタード着てくださいね」
「えっ!?」
「気持ちを同じにするって言ったじゃないですか」
「でもそれは」
「嫌なんですか?嫌なことを私たちにさせるの?」
「それは……」
「だめなんですか?どうして?」
どうしてと問われると答えることができない。何を答えても屁理屈にしかならないだろう。少なくともそう取られる。
「わかった。顧問の松田先生にも相談するから明日まで待って」
「わかりました。お願いします」
「先生、信じてます」
二人は深く礼をして部室を出て行った。
快晴の体育祭日和だったが、心は曇っていた。あんな約束しなければよかった……。私は職員テントの端の席で悔やんでいた。
「それではプログラム一番、全校生徒による準備運動です。今年は特別に体操部副顧問の西田先生がリーダーとして参加してくださいます」
放送部員の明るいアナウンスに送られて、体操部員のリーダーたちが前に並ぶ。競技用のユニフォームを着ている。保護者席から拍手が起こる。私もジャージを脱いでテントを出た。レオタードは大学での選手時代に使っていたブルーのグラデーションのシンプルな柄のものを選んだ。
指揮台のステップを上がる。本来は男子の体操部長の舞台となる場所に、私がレオタード姿で上がった。生徒たちが息を飲むのがわかる。
体操の音楽が流れ始めた。全校の視線が自分に集中している。その視線が痛い。体操部員たちの気持ちがよくわかる。試合で着ているのとはまったく違う感覚だ。恥ずかしい。こんなに恥ずかしい気持ちになるとは思わなかった。ユニフォームは試合で、アスリートの勝負服として着るもので、この場にはふさわしくない。これでは見世物だ。この学校の「伝統」を憎んだ。こんなことは絶対に今年限りにする。部員たちを守る。私はその思いを強くしながら、笑顔で準備運動の演技を続けた。
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