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シュレディンガーの私

シュレディンガーの猫という思考実験がある。

誤解を残したままざっくり説明する。僕もろくに理解はしてないので、正しい知識を求める人は真に受けないように。

まず箱を用意します。この箱は入れた生き物が1時間後には50%の確率で死んでしまう不思議な箱です。この中に猫を入れましょう。(思考実験なので50%の確率で死ぬ猫は実在しません。よかったね。)

1時間経過後にこの猫がどうなっているのかは、箱を開けてみるまで確定しない。つまり、観測するまでは生きた猫と死んだ猫が同時に存在していることになる。

これがこの思考実験の概要だ。この実験の目的はなにかを説明するためらしいんだが、量子力学とか原子の観測とか難しい言葉が出てきて無理でした。

最近、仕事を辞めた。出勤日自体は終わり、有給を消化している最中だ。さて、ここでひとつのパラドックスが起こる。

「はたして自分は会社員なのか、それとも無職なのか」

まだ会社に在籍はしており、有給を使っていて給料も出るので、一応社会人ではあると言える。反面、働いていないという確固たる事実も存在する。僕はいったい何者なんだ。

どうも、シュレディンガーの私です。


◻︎

メガネをかけるのが下手すぎる。割引に惹かれて2つ買ったのだろう。メガネというのものは間違いなく毎日使うものだし、服以上にその人に馴染んでいく、いわばパートナーとも呼べるアイテムだ。もはや恋人と言っても過言ではない。それを一度に2つも手に入れてしまったらどうなってしまうのだろう。この人は勢い余って2つ同時にかけている。堂々と二股をかけているようなものだ。

この2つのメガネを買う前の、この人の元メガはどんなメガネなのだろう。どのように元メガと別れてしまったのだろう。


毎日同じ時間に起きて、同じメガネをかけて、同じ時間に家を出る。仕事はそこそこ。楽しいとは思うけどどこか刺激が足りない日々。いつもかけているメガネは安心感はあるけれど、なんだかつまらない。私に馴染みすぎていて、私らしい私にしてくれる。だけどもっと冒険がしてみたい。初めてかけたあの時のようなドキドキを、もう一度味わいたい。はぁ、今の安定を手放せるほど、私は強くないんだなぁ。

たまたまだった。そんなつもりはなかった。たまたま通りがかった眼鏡屋でふと視線をやると、ひときわ輝くメガネが目に入った。ひと目で惹かれてしまった。理性を打ち壊してくる衝撃はいつも突然やってくる。私が私じゃないみたい。私は新しいメガネを手に取った。これまで長く付き合ったメガネをケースにしまう。新しいメガネをかけるところを見られたくなかったのかもしれない。たまにはかけてあげるね、なんて心にもないことを言いながら優しくケースを閉じる。

お会計へ向かう途中に、店内のポスターが目に入る。「今なら2本目から10%OFF」の文字。新しい自分に出会って気が大きくなっていたかもしれない。レジに向かっていたその足を止め、2本目を選びに行く。これまでたった1本を浮気もせず愛用していた私は、自分の行動に驚く。こんな大胆なことができたのね、と自分が少し誇らしげに思える。ふたつのメガネを携えて、新しい私は堂々と店を出る。


そんなストーリーが浮かんだ。新しい自分に出会う瞬間というのは、何歳になってもワクワクするものだ。


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