うどん酒

コロナが流行り出してから、昨日まで当たり前だったことがそうではなくなっている。
テレワークが推奨され、会社に出勤する頻度が減ったり、
認印が撤廃が進み、ネット上の認印が認められたり、
対面だった診察が、オンラインで出来るようになったり、
開けたら閉めるはずのドアは、少しだけ開けなければならなかったり。

そんなコロナによる自粛が明けた夏頃、近所にうどん屋が出来ていたので行ってみた。
少し開いていたドアを通り、そのままカウンター席についた。
店主のおじさん(62?)はドアに背を向けて作業をしていたので、僕の入店に気がついていなかった。
気がついてないことに引っかかりつつ、メニューを見てると、おじさんが振り返り僕を見て驚いた。
「わ、びっくりした!!」

僕はいままで店員さんがいらっしゃいませという事に慣れていたが、よく考えればやってきたのは僕の方だし、気がついてないならないで一言くらい声をかける方が自然だったなぁと、考えさせられた。
入店する時に、「ごめんください」と声をかける。
これも一つのニューノーマルになる日が来るかもしれない。そうに違いない。

と、そんなことを考えてから半年ほど過ぎた今日。
ふと、あのうどん屋の現在が気になり行ってみた。

今日もドアは開いていた。
が、道路側に透明なビニールのカーテンみたいなのをつけて防寒に臨んでいた。
なんとなく、本末転倒な気もした。

入ってみると、また店主に気がつかれなかった。
僕は、ついにきた!今こそニューノーマルを発揮するときだ!と意気込んだ。
そして、下を向く店主に向かって口をひらいた。

「あのぉ、、すみません。いいですか?」




「ごめんください」はチキって言えなかった。
(豆腐メンタル)

席について、けんちんうどんを注文した。
夜19時過ぎ。本来、飲食店なら賑わう時間にお客が僕1人でなんだかドギマギした。
そもそもの話になるが、このうどん屋は15時〜25時にやっている飲み屋っぽいうどん屋で、その開店時間やコンセプト、店主のおじさんからどことなく漂う脱サラして始めました感が引っかかっていて余計にドギマギした。
(ひいてひいてとんとんとんするのはイトマキ)

うどんが出てきた。
この真冬にうどんの出汁は染みる。
優しくて、美味しい味。
野菜もたくさんだし、つるつる食べれる。

しかし、三口目くらいからずっとどのタイミングでおじさんに声かけようか迷っていた。
四口、五口、、、
チラッとおじさんをみた。作業をしている。
どうしよう、、、
六口、七口、、、
無言ができてもいいように食べながら話した方がいいよなぁ、、
スープを一口飲み
声をかけた。

「ここのお店できたの去年でしたっけ?」

白々しい。非常に白々しい。
だが、いい一歩だ。

「いえ、今年の6月ですね。本当は4月からの予定だったんですけど自粛あけてからですね。」

いいぞ。質問以上のことを答えてくれている。

「以前は別のところだったんですか?」

「四谷の方でやってまして。でも、地元でやろうかなと4月から移ったんです。」

「じゃあ、コロナ大変でしたね。せっかく移ってきたばっかりだったのに。」

「そうですね。コロナでだいぶ人通りも減っちゃって。また第3波かなんて言われてますし。」
コロナのワードを出してから、おじさんは沢山話をしてくれた。
マスコミにコロナを煽って欲しくないこと、四谷でも20年うどん屋を二店舗経営してたけど立ち退きにあったこと、目の前のバーのお兄ちゃんがUberEatsを始めたこと、会社の多い四谷より家の多い今の立地の方が結果的によかったかもしれないことなど。

その他にも、、、

「先日、フィリピンの方が働くお店で聞いたんですが、あちらの方は仕送りを頑張ってご家族がギャンブルだなんだに使っちゃうそうですよ。」

「ひと昔前のフィリピンの方はいわゆる契約結婚なんかをしている時代がありましてね。」

おじさんから沢山話を聞けた。
そうこうしていると、お客さんが次々と来たのでお会計をした。
おじさんは「ありがとうございます。またお願いしますね。」と微笑みかけ、僕は「ごちそうさまでした。」とビニールカーテンを開けて店を出た。このビニールにはおかしい気がしたけど、おじさんの心遣いとフィリピンパブの常連ということが知れた。
この冬にもう一度訪れよう。



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