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社会人大学人見知り学部卒業見込

2015年、つまりM-1準優勝してから7年後に出版された、オードリー若林のエッセイ。「パッと見普通だけど、実はひねくれている人」というのが、私の中の若林のイメージ。自分もそうだと考えている私はシンパシーを感じ、この本を手にとった。

読んでいくと、今まで人生で「なんで私はこうも人と違うんだ」と悩んできた思考が、「自意識過剰」「人見知り」「中二病」だったことに気づく。自分だけだと思っていたこと、何と言い表せばいいのか分からなかった感情が表現されている。決してポジティブな発見ではないはずなのに、不調に病名がついた時のような心地良さがある。

中二病と言われる自分に恥じらいを感じつつも、自分を曲げたくないという意志から、ありのままの自分で社会を過ごしていく若林。そんな若林だが、周りの大人は彼を放っておかない。社会人らしくさせるために注意をしてくれる人、悩む彼の本音を受け止めてくれる人、そんな人達が彼の周りにはたくさんいる。

そんな愛ある周りの人達の行動によって、若林は徐々に社会に慣れていく。そして、社会のグロさを指摘していくことをモチベーションに始めたエッセイは、それらに慣れた結果、ネタ切れとなり終わりを迎える。エッセイのあらすじはざっとこんな感じだ。

私は今26歳だが、社会に息苦しさを感じている。仕事において達成したい目標があるが、現状と夢の大きなギャップに絶望している。1人では叶わない目標だと理解しているので、同僚の力も借りたいが、仕事に熱のない同僚にも絶望している。

そんなタイミングでこの本に出会えて良かったと思う。社会はここに存在しているだけなのだ。社会を生きづらくしているのは自分自身だ。夢を追うのはかっこいいが、実現できるキャパシティーがあるのは天才のみだ。自分が天才ではないことは、はなから承知している。だったら、自らハードルを上げて苦しむ生き方ではなく、自己ベスト更新という小さな目標を達成していく楽しい生き方を選びたい。そんなこんなで、私は「ゆるさを身につける」を今年の生活面の目標とした。

この本は、若林が社会への参加の仕方を覚えていく話である。社会で生きていく上で生きづらさを感じている人、尖っていると自覚がある人、バリキャリに疲れてしまった人、10〜20代の若い人に、ぜひ読んでもらいたい。社会を生きやすくするための考え方のヒントを若林から学べるはずである。


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