何も知らなかったな。

14歳の夏、あれが初恋だろうな。
ドリカムの『love love love』と、深夜の長電話。

体操部の君と顔を合わせるタイミングは一瞬しかなかった。
部活が始まる時、体育館に入る前に体育館横の通路で準備をする時と、
部活が終わって、同じ通路で帰り支度をしている時。
何気ない感じを装って、君に会える奇跡を願ったり、
ここぞというタイミングで体育館前を通ったっけ。

自分はというと弱小陸上部で、活動場所は校庭の隅っこ。
直線50mがやっと取れるスペースで練習してた。
隅っこだから、でこぼこで、とてもじゃないけど走れたもんじゃなかった。
(と言いながら、狭いながらに練習していた記憶が残ってるな。)
校庭に居るときは、友達とのやり取りで頭がいっぱい。
くだらないことで盛り上がって、「準備運動をどれだけ短縮できるか」
なんて言って、独特のダンスを考案したり、
スパイクのピンで火花を出したり、
そのスパイクで指を踏まれて指に穴が開いたり、
とにかく毎日に一生懸命だったな。

だた、気が散るのが、学校の周囲を走る時。
『外周(がいしゅう)』なんて言っていたけど、
その時は、体育館の横を通るんだ。
体育館の横の扉が開いていると、そこから君が見えないか、
君が外を走っている自分に気が付かないか、
君との接点を持つことが出来ないか、
とにかく何でもいい、君との何かが生まれないか。
そんなことばっかり考えていた。
今思えば、「何も生まれねぇよ!!」と言ってやりたいくらいだけど、
とにかく、必死に、君とのつながりを願っていたな。

チャンスが訪れたのはふとした会話からだった。
「『love love love』って良いよね。CD持ってる?」

もちろん答えたよ、
「持ってるよ、貸そうか?」

いや、本当は持ってなかったさ。
内心ひやひやしながら、会話を進めた。
「夏休みの部活の時に渡すよ。」

最高だった。
念願の君とのつながりだった。
約束をして、その日が来る。
奇跡を願うでもなく、タイミングを合わせるわけでもなく、
君と顔を合わせることが出来る。
しかも、夏休み!!
本来なら顔を見ることすらできない時に、
君に会って、話して、私とのかかわりを持つ。
特別な時間に感じた。

すぐにCDを買って、その日を待った。

何んとなく渡す日を決めて、当日を迎えた。
記憶にあるのはCDを手渡したことと、
「電話してもいい?」と尋ねたら、
「いいよ」と返事をしてもらえたこと。
暑さは記憶にないけれど、いい天気で、
体育館、横の通路、校門、校門の近くの噴水、何かの石像
アスファルト、青空と体育館前の水道すべてがキラキラして、
今でも思い出せる。
ただ、君の顔は残ってない。
きっと、顔を見られなかったんだろうな。
受け取って、体育館に入っていく後ろ姿は思い出せるよ。

その夜、電話を掛けた。
我が家は今は懐かしい”黒電話”で、
受話器が重いし、その場から離れられない。
食事をするテーブルの近くに電話があって、
家族がいない時間を見計らて電話を掛けた。
9時を過ぎると迷惑だ。と母親から教えられていたので、
9時少し前に電話を掛けた。

君が電話に出た。

一体なにを話したんだろうな。
今だったら、次の約束を取り付けて、
いわゆるデートに出掛けられるような話をして、
もっと、もっともっと…って
欲を出すんだろうな。

何も知らなかったな。

君と話ができる。それで他には何も考えなかった。
映画に行きたいね。
なんて言葉にはしてみたものの、
どうしたら君と映画に行けるかなんて知らなかったし、
行けるとも思えていなかった。

夏休みが終わる前にCDが返ってきて、
何事もなく二学期が始まった。

また、奇跡を願いながら過ごす日々になった。

#あの恋

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