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心の一端の安寧を、いまさら他人に求めている

 繁華街の脇道で一組の男女が座り込んでいた。派手な髪色とぎらついた装飾品。微笑みには荒んだ傷痕が垣間見え、煙っぽい空気を感じたが、肌寒そうに身を寄せ合う様にはどこか微笑ましさがあった。私は奇妙な親近感を覚え、窓ガラスに映った自分の姿に絶望した。それまでの好意はいとも容易く敵意に変わり、御守りをくずかごに捨てるがごとくその場を立ち去った。
 
 自分の心が憎しみで構成されていることを認めたくはなかった。別に聖人でいる必要はない。ただ、まともであるだけの良心は持ち得たはずだった。しかし、それはいま私のどこにも見当たらない。私はうらぶれた街の片隅を、消極的な視線と、厭世的な足取りで歩いた。カラスだけがそれに呼応するように降り立ち、遊び半分に地面をつついて飛び立つ。おどろおどろしいバイクの爆音が石ころを飛ばし、奈落の底まで落ちていく。真っ黒な空は禍々しいほど果てなく広がっていた。

 自分がこんなに誰かの存在を求めることになるなんて、信じたくはなかった。孤独はいつも側にあったつもりだ。そいつとはかなり上手く付き合ってきた。そいつは俺の親友だったし、これからもそうであるはずだった。確かに多少裏切られたりはする。時々気持ちがわからず、そいつの姿を見失ったりする。だがこれほどまでに――深度が大きくなるとは思わなかったのだ。それはもう私の手には負えないほど大きくなりすぎてしまった。何かを恨み、憎しみ、怨嗟の言葉を反芻させなければ、御しきれないほどに。それを良しとすることはできない。そうするには、私もまた大きくなりすぎてしまったのだ。

 この街がこのまま夜に突っ込んで出てこれなくなればいいのに、と思う。終わりのない迷宮に囚われ、すべての生命活動が休止してしまえばいい。永遠に夜が続くなら、私はとびっきり優しい人間になれる。親友ともこれ以上になく上手く付き合っていける。もしもこの夜がもっと暗く、恐ろしく暗く、澱んだまま沈んでいくのなら……。誰かがこの星の真実を告げなかったら、私はいつまでもそれを信じ続けていられたのかもしれないのに。

 心の一端の安寧を、いまさら他人に求めている。その事実が、何よりも私を孤独にさせる。

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