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個人的な動機

60年先輩

 カート・ヴォネガットの誕生日が11月11日だと知ったのはごく最近。何がきっかけであったのか。生年月日は1922年11月11日ということだった。とすると、2022年に生誕100年となるのだ。
 ごく個人的だが生年が60年違った。ヴォネガットは60年先輩、ということになる。2世代前。ということは干支が「壬戌」という共通点があることが分かった。どんなことでもただ敬愛するだけの作家から、共通点があるとミリ単位でも身近に感じる。

 もともとヴォネガットは20代の時から偏愛しており、最初に読んだ「猫のゆりかご」以降、長編は全て、短編は半分くらいは読んだに違いない。作品を超えて通底する世界観、そして彼自身の倫理・人生観に多くを感じ、深く尊敬する作家となっている。

再読したい

 「老い」ということばは若干言い過ぎなのだが人生には節目があって、40歳になるというのはそれなりに「老い」な気もする。年老いる=エイジングについてはどこかで聞いた下記の整理が心に残っている。

田村 大「人間中心イノベーションとは~ビジネス・エスノグラフィが探求すること~」
ひとことで表せば、「エイジングとは、アイデンティティの変化に対するリアクションである」というものです。
https://www.keiomcc.com/magazine/report94/

 アイデンティティの変化、というのは自分自身にどういうラベリングをするか、という感覚に近くて「40代」っていうラベルに貼り替えるときに、エイジングしたことを意識するということなのだろう。それが急に変化するとショックが大きいから、「アラフォー」とかちょっと小刻みにラベルを貼り替えて心の準備をしてみたり。
 なんのことかというと、ヴォネガット100歳のときに私も40歳になるのでアイデンティティを更新することになるのだろうな、と予感しているという話。40歳定年とも言われる時代ですので、節目感を殊更に感じたい。不惑!

 そう思うと一度原点に時間をかけて立ち返るというのは善きことなのだろうなと日頃思っていたのです。そのときに拠って立つところが私にとってはヴォネガット、というのが個人的な読書に対する動機。
 ここで一度零点補正を行って、人生の後半戦に入っていかなければ。

読書用アカウント作りました
https://twitter.com/Vonnegut100year

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