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インド現地法人への出向制度の整備(下)-リスクを踏まえた出向スキームの整備について-

文責:佐藤賢紀、高野一弘

前回の「インド現地法人への出向制度の整備(上)-税務上の留意点について-」に続き、グローバル展開する日系企業が注目する、インドへの従業員派遣制度(スキーム)の整備について取り上げます。本稿では、税務や法的書面の準備により、出向者と企業の安定した関係性を確保する方法について説明します。


1.はじめに

グローバルに展開している日系企業においては、海外の子会社や関連会社に、日本本社や他拠点の従業員を出向させることも多いでしょう。前回の「インド現地法人への出向制度の整備(上)-税務上の留意点について-」では、インド子会社や関連会社に日本本社や他拠点の従業員を出向させる場合の税務上の留意点として、PE(Permanent Establishment:恒久的施設)課税についても考慮する必要があることを解説しました。具体的なスキーム整備に関しては、税務上のリスクを考慮したうえで、出向に関する契約書や雇用契約書、現地法人の規則等の策定といった、法的書面等への落とし込みが重要となります。本稿では、このような税務上の留意点を踏まえた法的書面の整備について説明します。

2.インドへ出向者を派遣する際に必要な法的書面

日本企業が従業員をインド現地法人へ出向させる場合には、税務上のリスクを踏まえたうえで、出向制度を整備し、これを裏付ける書面を準備しておくことが重要です。具体的には、以下の3つの書面を作成することを推奨しています。

(1)出向辞令(アサインメント・レター)

まず、出向元(日本の会社)と当該従業員との出向後の関係性について規律するための、出向辞令(アサインメント・レター)を作成します。その中で、出向者がインド現地法人の従業員として雇用されること、同法人の規程および管理に服することを明確に記載しておくことが必要です。この際、出向中の日本における社会保険の取り扱い、着任時の交通費等、出向元が当該従業員に対して負担すべき具体的な内容を取り決めておくことも重要です。また、インド現地法人において、現地従業員とのバランスを考慮して現地支給金額が本社水準よりも低くなることも多く、そのための較差補填を行う場合もあります。日系企業の中には、既に海外出向規程等で出向の条件を定めている会社も多いかと思いますが、本書面内で整理しておくことで、インド税務当局の調査を受けた際の説明が容易になります。

近時、問題となっている駐在員給与へのGST課税は、外国の親会社からインド現地法人への出向者について、親会社から現地法人への「人材供給(Man Power Supply)」と認定した判決(「出向者の給与にかかる物品・サービス税(GST)課税問題アップデート」参照)に端を発したものです。日系企業が当局からこの判例との類似性を指摘された際には、この出向辞令および後述の書類により、出向者が日本の会社からの人材派遣ではないことを説明することができます。

また、出向者に関しては、伝統的に、いわゆるPEリスク、すなわち実質的に日本本社が出向者を介してインド現地でビジネス活動をしていると認定されるおそれがあります。この出向辞令は、出向者の活動は日本本社のためのものではないと説明する材料に使えることが期待できます。

(2)出向契約書

次に、出向元(日本の会社)と出向先(現地法人)間の出向契約書を作成します。これは、日本からの出向者一般について、インド現地法人への人材派遣ではなく、同法人の従業員として勤務することや、出向元と出向先の権限および役割、法人間のコスト負担および精算の取り決め等について規律する契約です。この契約は、個別の出向者ごとに締結するものではなく、出向者一般の取り扱いについて定めることを想定しています。

進出の初期段階や、現地拠点の規模が小さい場合、業務指示やレポートラインを日本本社の担当部門としたいという考えがあるかと思います。しかし、これをそのまま契約書に記載すると、インド税務当局から、日本本社からの人材供給契約である、あるいは本社のPEがインドにある旨の指摘を受けるリスクが高まります。そのため、出向辞令と同様、出向者は日本の会社のコントロール下にないことを明確にしておき、インド現地法人が本社から受託した業務の一環として、本社からの指示を受けたり、報告(レポート)を行ったりするという「建て付け」を整備しておくことが望ましいと考えます。また、法人間のコスト分配については、出向者の給与や手当との整合性にも留意する必要があります。

(3)雇用契約書

最後に、出向先(インド現地法人)と出向者との間の雇用契約書を作成します。出向者の雇用条件、職務内容、責任、報酬の詳細等について、インドの労働関連法令を順守する形で規定します。例えば、インドでは休日や有給休暇に関して特有の法令等が規定されていますので、これに適合する内容とする必要があります。

出向者について、日本本社の指示やルールに従うこと、および本社へ報告(レポート)する旨を規定している会社もあるようですが、出向契約書と同様の理由から避けるべきです。出向者について、出向後もなるべく日本と同様の処遇としたい場合には、当該出向者のみについて契約書で定めるのではなく、グローバルで適用すべき「出向者に関するグローバルポリシー」を策定し、インド現地法人でもこれに準ずる形で社内規程を整備する方法が考えられます。

なお、出向者の雇用契約書は、現地従業員と同じにする必要はありません。職位や立場の違い等を踏まえて、現地従業員と差をつけることも可能です。上述の出向者に関するグローバルポリシー等は、その差を設けるための合理性を説明するための根拠ともなりえます。

三者間の関係は以下の通りです。

図は筆者作成

3.給与等の支払方法について

以上のような書類の整備とは別に、駐在員(出向者)給与へのGSTの課税問題では、実際の給与等をいずれの法人が負担するか、また、どのように支払っていたかも重要な考慮要素となります。よく見られる類型としては、①インド現地法人が全額を負担し、インド国内で全額支払う方法、②インド現地法人が全額を負担するが、一部をインドで支払い、一部を日本で、日本本社を通じて支払う方法、③インド現地法人はインド払い分のみを負担して現地でこれを支払い、日本本社は格差補填のルール等に基づいて日本で日本払い分を支払う方法等があります。各支払方法の特徴(メリットとデメリット)は以下の通りです。

表は筆者作成

どのようなスキームを選択すべきかについては、企業グループごとに状況が異なるため、一義的な正解はありません。各企業グループにおいて対応できる範囲はどこまでかを検討したうえで、選択したスキームに沿った法的書面を整備し、正当性を説明するためのロジックを準備しておくことが重要となります。

4.小括

日系企業のインド現地法人では、事業活動の現地化が進んでいるとはいえ、まだまだ日本からの出向者が重要なポジションを担っています。グループ内でも、優秀な人材を確保し、業務においてしっかりとパフォーマンスを発揮してもらうためには、出向者が無用なストレスに巻き込まれないように準備しておくことが大切です。出向者給与のGST課税問題については引き続き推移を見守る必要がありますが、その結論を待たずとも、出向制度を整備することは可能です。この機会に、法務、税務の両面から、従業員の出向制度を見直すことをお勧めします。


執筆者

佐藤 賢紀
AsiaWise Legal Japan パートナー
弁護士(日本)
<Career Summary>
2004年東北大学法学部、2009年首都大学東京法科大学院を卒業、同年司法試験合格。2010年弁護士登録。8年間都内法律事務所にて勤務した後、AsiaWise法律事務所入所。2010年の弁護士登録後、都内法律事務所にて勤務。中小企業から上場企業まで様々なコーポレート案件や、裁判等を中心に執務。
<Contact>
yoshinori.sato@asiawise.legal

高野 一弘
AsiaWise Group Tax Team Leader
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手監査法人にて法定監査業務に従事した後、大手税理士法人にて国内・国際税務コンサルティング業務に従事。同法人在籍中に、インド・デリーに駐在。その後上場企業にて税務部リーダーとして企業内から税務業務に従事し、現在に至る。特にクロスボーダー案件に関して豊富な実務経験を有する。
<Contact>
kazuhiro.takano@asiawise.legal


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