見出し画像

出向者の給与にかかる物品・サービス税(GST)課税問題アップデート

文責:高野一弘

2022年5月、インド最高裁判所は、出向者の雇用主は国外グループ会社であり、国外グループ会社がインド法人に人材サービスを提供していると認定し、当該人材サービスはGSTの課税対象と結論付けました。しかし、多くのインド進出多国籍企業は、この認定は実態にそぐわないとし、GST課税に反発しています。この問題について最近の状況をアップデートします。


1.はじめに

駐在員の出向負担金(給与)に対する物品・サービス税(Goods and Services Tax:GST)課税問題の発端となったのは、2022年5月のインド最高裁判所の判決です。本判決は、出向者の雇用主は国外グループ会社であり、国外グループ会社がインド法人に人材サービスを提供していると認定し、当該人材サービスはGSTの課税対象であると結論付けました。その結果、本判決は当該ケースにおいて成立するものであるところ、税務調査官は「この判例は多国籍企業が実施している出向契約一般に適用できる」という姿勢をとり、税務調査を行っています。

日系企業を含むインドに進出している多国籍企業においては、このような事実認定は実態にそぐわないものであり、GST課税を承服できないとする意見が圧倒的多数を占めています。しかしながら、本件課税は、支払った税額を将来に納付すべきGST債務から控除できる付加価値税であり、納税を行ったとしても、追加のコスト負担が生じるものではないこと、また、リバースチャージメカニズムを利用した納税であるところ、全ての手続きがインド国内かつインド法人により完了することを考慮すると、当局の主張に従ったとしても、経済的負担、実務的負担はともに限定的と判断されます。すなわち、当局との係争に費やす時間やコストを考慮すると、課税を受け入れるという選択も検討に値する可能性があります。

2.出向者負担金に対するGST課税の影響

上述の通り、GSTは付加価値税であり、売上時に受け取ったGSTから、仕入時に支払ったGSTを差し引いて納税することになります。したがって、本件のような形でGSTが賦課されたとしても、追加的な費用または損失が発生することにはなりません。

しかしながら、税務調査では、GST導入初年度に遡求して課税する準備を進めているため、損益の影響が生じないGST本税とは別に、延滞利息及びペナルティの納付が求められます。これら延滞利息及びペナルティは、インド法人の費用/損失として処理することが必要となります。インドでの未納GST租税債務に対する延滞利息は年18%と非常に高率に設定されており、かつ日本の延滞税のように除斥期間が設けられていないため、未納付期間の全てが延滞利息の算定対象とされます。GST導入時期である2017年7月まで遡るケースでは、延滞利息が本税額を上回るケースも散見されています。

また、GST租税債務の支払いについて係争し、その支払いを繰り延べる場合は、最終的に、納税者にとって不利な判断が下される結果になると、繰延期間も延滞利息の賦課対象期間に加算されます。このような利息負担の増大リスクを加味しつつ、本件への対応方法を検討することが求められています。

3.日系企業による対応状況

日系企業の本件課税に対する方針は、当局から質問などの要請を受けておらず、何も対応していないという会社を除くと、大きく以下の3つに区分されます。

①GST課税そのものを拒絶し、争う
②本税は納付するが、延滞利息、ペナルティについては拒絶し、延滞利息等についてのみ争う
③本税、延滞利息、ペナルティ含めて受け入れる

①の対応はGST課税そのものに対して争うことを意味し、本件GST課税に同意できないとする場合の対応として合理的なものです。②は①と同様、当局に対して争うのですが、本税については納付し、経済的な損失となる延滞利息等についてのみ当局と争うという姿勢です。本税を納付することにより、将来期間にかかる延滞利息の膨張を回避するとともに、過去の延滞利息負担を回避するという実質的な対応を行っていると評価できます。また、①および②はいずれも当局との係争が必須となるところ、③は当局と係争しないという保守的な対応といえます。進出時期が最近であるなどの理由から、対象となるGST課税額、その延滞利息等に重要性がない場合は、あえて当局と係争せずに全て納付して、本件にかかる対応を完了させるということは、合理的な選択と考えられます。

4.出向者給与にかかる係争状況

本件課税については、日系企業を含む複数の多国籍企業が、救済を求めて法的救済手続きに進んでいます。課税そのものを争う場合は、税務当局への異議申し立てのような手続きを経ずに、直接管轄の高等裁判所にその執行の差し止めを求めるケースが多く、デリー、ムンバイ、カルナタカといった主要な高等裁判所では実質審議に入っているケースが相当数生じています。なお、税務調査結果等にかかる法的救済の申請は、税務当局への異議申し立てを行うことが原則とされます。原則的手続きを経ない高等裁判所への直接的な差し止め申請は、全てのケースで受理されるわけではなく、法的な問題があり、高等裁判所が審理を行うべきと認められたケースのみが対象とされます。出向者給与GST関連では、相当数のケースが高等裁判所で審査対象になっているという状況は、納税者にとって朗報と考えられています。

また、先日は、延滞利息賦課への異議を申し立てているケースが、カルナタカ高等裁判所での審査リストに加えられました。本件では、当局の主張通りGST本税の納付を認めたとしても、仕入税額控除が適用されることを前提とすると未納の状態に陥ることはないこと、2022年の判決以前はGSTの課税対象とされていなかったこと等を考慮すると、延滞利息及びペナルティを科すことはできないと主張しています。つまり、本件にかかるGST課税そのものではなく、延滞利息の賦課のみを問題とする納税者の主張も認められる可能性が生じています。

5.まとめ

出向者給与GSTの問題では、出向者の定義について、疑問が投げかけられています。懸案のインド最高裁判所の判断については、当該ケースにおいて有効な結論であると考えられるところ、他の会社にも一律にその結論を適用することは合理的ではないという方向に進んでいると認められます。

遠くない将来においては、出向者給与GSTの取り扱いがより明確になってくると考えられます。まずは、各社の出向関連実務の課題を確認し、その是正に向けて、出向関連の契約書等の見直し、実務フローの再設計等を進めておくことを推奨します。


執筆者

高野 一弘
AsiaWise Group Tax Team Leader
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手監査法人にて法定監査業務に従事した後、大手税理士法人にて国内・国際税務コンサルティング業務に従事。同法人在籍中に、インド・デリーに駐在。その後上場企業にて税務部リーダーとして企業内から税務業務に従事し、現在に至る。特にクロスボーダー案件に関して豊富な実務経験を有する。
<Contact>
kazuhiro.takano@asiawise.legal



© AsiaWise Group
AsiaWise Groupはアジアを中心に活動するCross-Border Professional Firmです。国境を超え、業際を超え、クライアントへのValueを追求しております。本稿の無断複製・転載・引用は固くお断りいたします