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Withコロナ時代のアジアビジネス入門58「ゴールデンカムイと<智慧の庭>」@札幌「テレサの森」物語(6)

天から役目なしに降ろされた物はひとつもない

 「週刊ヤングジャンプ」(集英社)に2014年から連載された『ゴールデンカムイ』が2022年4月28日に全314話で最終回を迎えた。野田サトルによる明治末期の北海道と樺太(サハリン)を舞台に死刑囚が隠した金塊をめぐるストーリーである。単行本全31巻で発行部数は2000万部を超えている。

 単行本の表紙カバーの袖のところにはアイヌ語の言葉が毎巻書かれている。

 <カント オロワ ヤク サク ノ アランケプ シネプ カ イサム>

 日本語訳は「天から役目なしに降ろされた物はひとつもない」。

 アイヌ文化の研究者、中川裕氏の著書「アイヌ文化で読み解く『ゴールデンカムイ』」によると、これはアイヌ民族出身で初めて国会議員を務めた萱野茂さん(かやの・しげる、1926~2006年)の愛用していた言葉で、アイヌの世界観をよく表しているという。カムイというものはすべて理由があってわざわざこの世界にやってきているのだという考え方である。中川氏はカムイを単に「神」としてだけでなく、「自然」を超えて、人間と関わりあう「環境」と置き換えている。「人間」を指す言葉であるアイヌとの関係を「人間とカムイ(=環境)はお互いがお互いを必要とするパートナーなのだ。人間は何もない空間では生きることができず、環境からの恩恵によって生きている」と指摘する。

レラ・チュプキ ありがとう感謝DAY

 この言葉を改めてかみしめたのは、札幌市南区真駒内郊外の山の傾斜地を<緑の癒し空間>にするべく、園芸療法士の石山よしのさんが創設し、建築家で音楽家の畠中秀幸さんらとともに進める「テレサの森」プロジェクトメンバーが10月9日に現地で開いた「わたしの庭レラ・チュプキ ありがとう感謝DAY」に参加したからだ。

 アイヌ語で命名された「レラ・チュプキ」の「レラ」は風、「チュプキ」は木漏れ日のような自然の光を意味するが、石山さんは「感謝DAY」の案内文に次のような想いをつづった。

 「わたしの庭レラ・チュプキ」への想い

2020年春、猛威を振るいはじめた新型コロナに奪われる尊い生命と日常。

同時に私の中に生まれた葛藤。

「何もしなくてよいのか、今の私にもやれることがあるはず」。

「そうだ、わたしにはいい場所がある」。

それが全て始まりでした。

青い空、澄んだ空気、優しく揺れる木々を包む風や木漏れ日、あふれる緑。

この豊かな自然に身をゆだねる“庭”づくりに人々の健康で豊かな日常が取り戻せる活路があるのではないか。

この想いは言霊となり、2年余りを経て奇跡的なご縁として広がりつづけ、

今日「わたしの庭レラ・チュプキ」として実を結びました。

この“庭”が、これからも自然にそして人々の優しさをわかちあえる場所として在り続けることを願います。            石山よしの

 『ゴールデンカムイ』の単行本2巻12話の場面にはアイヌの少女、アシㇼパが一緒に金塊を探す元陸軍兵、杉元佐一に語る場面がある。

 <私たちは身の回りの役立つもの、力の及ばないもの、すべてをカムイ(神)として敬い、感謝の儀礼を通して良い関係を保ってきた。火や水や大地、樹木や動物や自然現象、服や食器などの道具にもすべてカムイがいて、神の国からのアイヌの世界に役に立つためと送られてきた・・・>

 まさに「天から役目なしに降ろされた物はひとつもない」のである。感謝の儀式を通してカムイと人間の良い関係ができるというアイヌ流の世界観。現代において過度の森林伐採によって土砂災害が起きることなどは、アイヌ的な考え方から言ったら、カムイとの関係がうまくいっていないことに他ならないのだ。

「カムイの里」に神々しい歌声響く

 実際に、10月9日、「感謝DAY」で現地に身をおき、レラ・チュプキに光が差し込んだ風景を目にした時、「まるでカムイの里のようだ」という錯覚をおぼえた。それは神々しい音楽と歌声が響いたことと無縁ではない。

 「感謝DAY」では、左⼿のフルーティストの畠中秀幸さん、クラリネットの畠中さおりさん、ピアノの井上美豊⼦さんが奏でる「アヴェ・マリア」の調べをはじめ、アンサンブルパテラの宇治美穂子さん、大伴やよいさんが歌う中世音楽の「おお、おとめなるマリアよ」、声楽アンサンブル「クール・ポレール」のイタリア後期ルネサンス音楽「Zefiro torna (西風が戻り)」などが緑の空間にカムイを呼び起こすように響き渡った。

 ほかにも、賢ちゃんバンド゙(夢遊⼯房DAIHATHIさん⽗⼦のピアノとカホン)、⾼⽥美智⼦さんのピアノ演奏、ハナウタさんのギターと歌、保科⽂紀さん(建築家で畠中さんとともにレラ・チュプキの共同設計者)のサックスが「感謝DAY」を盛り上げた。今回は司会・進行役でお手伝いした石山さんの長男、賢伍さんもコーラスに加わった。

 最後の挨拶で、石山さんはこの日を迎えるまで支援していただい全ての方々に感謝の言葉を述べた。石山さんのご主人と二男、拓人さんも裏方でイベントを支えた。プロジェクトの陰の主役であるご主人は大きな存在で、石山さんはご主人への感謝の言葉も忘れなかった。

地球環境にやさしい<智慧の宝庫>

 余談であるが、私が『ゴールデンカムイ』と石山さんの想いを結びつけて考えたことには理由(わけ)がある。石山さんは「感謝DAY」の約1カ月前の9月1日、ある知人の紹介で、「レラ・チュプキ」の名付け親であるメンバーの上野恵美さんとともに北海道平取町二風谷(にぶたに)を訪れている。二風谷は豊かな自然とアイヌの伝統が色濃く残る地域として知られる。二風谷に住むアイヌの活動家、アシリ・レラさんは自らのブログに「アイヌは『天・大地・太陽・月・火・水』の6つのカムイ(神)を重要神として尊敬しています。それは文明や科学がいくら進んでも絶対につくれないし、人間が絶対に勝てないものです。その重要神が6つあることから“6”という数字をとても大切にしているので、アイヌのイオマンテ(祭り)は全て6日間あります」と書いている。

 石山さんはレラ・チュプキを舞台に多肉植物はじめ植物や自然とのかかわりの中で心身を整え自然治癒力を高めながら健康的な暮らしの一助となり、近年注目されている植物の「癒し」の力を応用し、音楽、芸術、森林,芳香など総合的な代替療法や統合医療への足がかりとなる北海道発信の新事業にしたいと考えている。特に、レラ・チュプキがめざすガーデンセラピーの6要素として園芸療法、音楽療法、芸術療法、森林療法、芳香療法、食事療法を掲げている。<6>という数字ばかりではなく、アシリ・レラさんと石山さんには自然や環境についての考え方に共通項を感じる。

 アイヌ文化は北海道との関連ばかりではなく、SDGsなど地球規模で目指す目標を考える時に参考にすべき<智慧(ちえ)の宝庫>である。同時にレラ・チュプキも<智慧の庭>であってほしいと願う。

 札幌郊外のレラ・チュプキは一足早く秋から冬に向かう。次回は石山さんらから再び便りがあった時にお届けしたい。


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