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Withコロナ時代の視点 連続インタビュー③「ソーシャル・ディスタンシングと共生社会」 佐藤正志・早稲田大学名誉教授@日本橋フェローセミナー

  Withコロナ時代を考える時、ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離を保つこと)と共生社会の兼ね合いをどう理解したらいいのだろうか。4月10日の日本橋フェローセミナーZOOM会議で、佐藤先生にインタビューしたところ、「政治とか自由とかは両義的なものを前提として考えることが必要だ。マキアヴェリ的な統治・支配キケロアリストテレスの共生の思想の両極の間で引っ張りあう力の均衡点として政治を考える事ができる。権力と自由は単純に対立するものではなく、自由を自ら抑制し(ソーシャル・ディスタンシングなどの)行動変容を起こすというのが公衆衛生の考え方であると思いますが、それは自由を自律と自治に結びつける共生社会の理念に対応します」と話した。

 『分断』時代のメディアと哲学の役割
  企業や大学の枠を超えて<卓越した経営リーダーのための学び>を追求する人材育成塾・日本橋フェローセミナーでは、技術革新を取り入れ多様性と共生する思想をテーマの一つにしてきた。第3回(2020年1月25日)は「『分断』時代のメディアと哲学」のテーマで講師と受講者が対話した。私は「『哲学界のロックスター』の問いかけ トランプとグレタから考える普遍的価値」と題して、ドイツの若き哲学者、マルクス・ガブリエル(1980年生まれ)の言説をもとに、トランプ米大統領のアメリカ・ファーストと普遍的価値体系への攻撃、地球温暖化とグレタさんの活動について問題提起した。

 ソーシャル・ディスタンシングの行動変容とは「船尾で舵を握りじっと座っている舵取り」(キケロ)役の<老人>の在り様         

 佐藤先生は、共和制ローマ末期の政治家、哲学者、マルクス・トゥッリウス・キケロ(前106年~ 前43年)の著書『老年について』をテキストにした。『老年について』は、主人公の大カトーと小スキーピオ、ラエリウスの対話で構成される。Withコロナ時代を考えながら、テキストを読み返すと、次の記述に感銘を受ける。
 「老人は公の場所に与(あずか)っていないと言う者はまともな議論をしていない。それはちょうど、船を動かすにあたり、ある者はマストに登り、ある者は甲板を駆け回り、ある者は淦(あか)を汲み出しているのに、船尾で舵を握りじっと座っている舵取りは何もしていない、と言うようなものである。確かに若者のするようなことはしていない。しかし、はるかに大きく重要なことをしているのだ。肉体の力とか速さ、機敏さではなく、思慮・権威・見識で大事業はなしとげられる」
 密集・密閉・密接の「三密」を避け、ソーシャル・ディスタンシングが叫ばれる時代。改めて『老年について』を読み返すと、何もしないように見える「船尾で舵を握りじっと座っている舵取り」の在り様こそ、それは必ずしも老人ではなくても、今だから大切ではないかと思える。
 佐藤先生は、『老年について』のテキストに「補足 キケロと共生のモラル」として、「偉大な魂にふさわしい偉大な事績を達成するのはres publica を指導する人々である(キケロ『義務について』第一巻)」を付け加えた。キケロが政治共同体の理想としたres publica (レス・プブリカ)とは、私なるもの(res privata 、レス・プリワタ)とは反対の公益を指し、ルネサンス期以降の公共の概念へと進展したといわれる。

 <公益>の意識がグローバルな共生社会を保つ最後の砦
 ソーシャル・ディスタンシングが必要な時こそ、res publica (レス・プブリカ)<公益>を第一義に考えることが重要であり、「科学への信頼が求められ、知識や真理も公共的な議論を通じてはじめて政治的意思決定となることが求められる」(佐藤先生)のだろう。パンデミックの危機の最中において、res publica (レス・プブリカ)<公益>の意識が分断ではなく、共生社会—それも、パンデミックによって遮断されたかに見えるグローバルな共生社会を保つ最後の砦になると思う。
 佐藤先生は「共生社会の範型」としてアリストテレスの次の言葉を示している。
 「人間は政治的なもの(ポリティコン)であり、生を他とともにすることを本性としている。幸福であるということは、生きており活動しているということ。相手と生をともにするということ、すなわち談論や思考をともにするということ。友愛とは自他の共同なのである」(アリストテレス『ニコマコス倫理学』第9巻)

4月28日にONLINEセミナー「アフターコロナに向けて」を開催

 日本橋フェローセミナーは4月28日(火)19:00-20:30、ONLINE(ZOOM)による合同セミナー「アフターコロナに向けて」を開催する。


佐藤正志(さとう・せいし)早稲田大学名誉教授
2019年3月、政治経済学術院教授を定年退職。在職中、大学院政治学研究科長、政治経済学術院長、早稲田大学理事を務める。2006年9月に政治学研究科長に就任するとともに、科学技術ジャーナリスト養成プログラム(MAJESTy=Master of Arts Program for Journalist Education in Science and Technology)の代表者を引き継ぎ、またその在任中である2008年4月のジャーナリズム大学院(J-School)の創設のために努力した。


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