シリーズ : 米国のアジア人脈⑦ ミャンマーの法律コンサルタント ジェイソン・ゲルボート氏
おいかわ・まさや 1988年毎日新聞社に入社。水戸支局を経て、92年政治部。激動の日本政界を20年余り追い続けた。2005年からワシントン特派員として米政界や外交を取材。13年北米総局長。16年4月から論説委員
「憲法改正は選挙法の見直しで実現を」
ミャンマー連邦議会が憲法改正委員会の設置を決定した。2008年に軍事政権によって制定された現行憲法を見直し、真の民主化を実現させようとするアウンサンスーチー国家顧問兼外相率いる国民民主連盟(NLⅮ)が提案し、承認された。スーチー氏にとって大きな賭けに出た格好だが、軍部の反発は強く、改正のハードルも高いことから、論議の行方は見通せない。
こうした中、米紙ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された無名の法律コンサルタントの寄稿が目を引く。「ミャンマー憲法は改正できないというが、それは間違っている」と主張している。ハーバード法科大学院とタフツ大フレッチャースクールで法律と国際問題を学んだ英才で、ミャンマーで少数民族の抵抗グループを支援するジェイソン・ゲルボート(Jason Gelbort)氏だ。
改憲論議へ委員会設置
憲法改正委員会の設置は2月6日の議会で決まった。現地からの報道によると、大民院(下院)と民族院(上院)の出席議員のうち、過半数を占めるNLⅮ会派389の賛成多数で承認された。採決では、憲法の規定により両院で4分の1を占める軍人議員192人が抗議の態度を示して反対したという。2016年にNLⅮ政権が発足してから、具体的な憲法改正のプロセスに入るのは初めてだ。スーチー氏にとっては軍部への大きなチャレンジとなる。
国連ミャンマー人権問題担当の李亮喜・特別報告者は2月7日に声明を発表し、「前向きな進展であり、真の民主主義への移行につながることを期待する」と歓迎した。議員の最大25%を軍人議席とし、国軍トップに国防や国境担当閣僚の指名権がある現行憲法を「民主的ではなく、修正なしにはミャンマーは民主主義国家とはみなされない」と指摘し、民主憲法の実現を促した。
スーチー氏がこの段階で改憲論議に着手したのは、2017年に起きた軍部によるイスラム教徒少数民族ロヒンギャの掃討作戦で70万人以上の難民が発生し、避難した隣国バングラデシュからの帰還が進まない現状への国際社会からの批判が背景にある。ロヒンギャ迫害問題の取材中だったロイター通信記者2人が国家機密法違反罪で実刑判決を受けたことにも欧米諸国が反発しており、民主化への取り組みをアピールする狙いもある。1年半後に迫る2020年11月の次期総選挙から逆算してもギリギリのタイミングでもある。
2月下旬にはミャンマーの最大都市ヤンゴンの中心部で反軍部の改憲推進派によるデモが2回にわたって行われた。ロイター通信によると、参加者は「2008年憲法の修正を」といったプラカードを掲げ、「軍部独裁は引っ込め」などと訴えた。これに対し、ミャンマー軍の報道官は記者会見で「憲法改正のための委員会設置は、2008年憲法の規定にはない手続きだ」と批判した。ただ、軍人議員も委員会には参加する方針だ。
実現への高いハードル
憲法の規定では、憲法改正には両院を合わせた議員の4分の3を超える賛成が必要で、4分の1を占める軍人議員以外の全員と、軍人議員の少なくとも1人の賛成が必要になる。軍部の有利な条項で、改憲に対する軍部の「拒否権」と言われている。また、外国人の配偶者や子供がいる国民が大統領候補になることを禁じている。スーチー氏には英国人との夫とその間に2人の子供がおり、スーチー氏が大統領になり、名実ともに実権を持つことを阻んでいる。
スーチー氏は、「大統領の上位ポスト」として「国家顧問」の地位を創設して就任したが、それでも軍部への影響力は極めて制約されている。NLⅮは具体的な修正条項を明らかにしていないが、真の民主化には軍部の影響力を低減する必要があるとしており、軍人議員の「指定席」条項(436条)や、大統領候補の制限条項(59条)などを改正対象にするとみられている。メンバーは政党と軍部が議員数に比例して代表を出し、委員長はNLⅮから選出する。
憲法改正委員会は設置されたものの、スーチー氏にとって厳しい状況であるのは変わりない。確かに、真っ向勝負ではハードルが高いが、ゲルボート氏が提案したのは、憲法を修正しなくても、ミャンマーの選挙法を改正することで、改憲を実現しようというものだ。スーチー氏には「軍部をしのぐ強い権力を持っている」と訴えている。
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