シリーズ「アジアの新興企業・財閥・官僚組織」⑥ 泉水保護と地下鉄建設 「調和の思想」で

中国山東省済南市人民政府
泉水保護と地下鉄建設「調和の思想」で

「泉城」と呼ばれる中国山東省の省都・済南市を初めて訪問し、中心部にある泉の澄み切った美しさに驚かされた。人口900万人の済南市では泉の水脈を守るため地下鉄建設に慎重な議論が繰り返され、開通まで約30年の年月を要した。一方で、美しい泉を強みに世界の都市と友好の輪を広げている。シリーズ6回目は、泉水保護と地下鉄建設の両立を模索する済南市人民政府を取り上げる。【毎日アジアビジネス研究所長・清宮克良】=写真はホウ突泉

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国際泉水文化会議

「何百年もの間、済南の人々は泉とともに生き、繁栄してきた。歴史的、文化的遺産を保護することにより、持続可能な発展を促進していきたい」。

9月11日、済南市で開催された国際泉水文化景観都市連合会議で、孫述濤市長=写真下=は大画面のスクリーンを背にして力を込めた。会議には日本、米国、英国、イタリア、ロシア、韓国、タイ、トルコ、パキスタンなどから36団体の代表団が顔を揃えていた。孫市長は、習近平国家主席の「歴史文化は都市の魂である」との言葉を引用して、泉水文化の保護と都市開発の両立を宣言した。前日のレセプションでは中原邦之・在青島日本国総領事が「日本ではモッタイナイ(MOTTAINAI)精神で環境に取り組んでいる」と流ちょうな中国語で挨拶していた。

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孔子の論語
山東省は人口が1億人を超し、中国では広東省に次ぐ大きな省である。朝鮮半島と向かい合う位置にある同省は韓国、そして日本とも関わりが深い。その昔、春秋時代(紀元前770年から紀元前5世紀までの約320年間)は斉国と魯国だった。この時代の思想家、哲学者である孔子(紀元前552年から紀元前479年)は魯国の生まれ。北京国際空港から済南空港に向かう山東航空の飛行機内の窓の上には「論語」の言葉が貼られていた。

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たまたま目にした言葉は「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」(徳のある人物は人との調和を求めるが付和雷同することはない。徳のない人物は付和雷同するが人との調和は求めない)

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そんな2500年前の古代中国の言葉をかみしめながら、済南空港に到着した。四方を山に囲まれた済南市の別名は「泉城」(泉の都市)である。ホウ突泉(Baotu Spring)をはじめとする「七十二名泉」と呼ばれる有名な泉を含め、800以上の泉がある。観光スポットになっているホウ突泉、黒虎泉(Black Tiger Spring)=写真上=に行ってみると、こんなにも透き通った源泉の泉が900万都市の中心部にあることに驚くばかりだ。岩からの湧き水を使って料理をするのが済南流の伝統的スタイルだという。泉によって形成された大明湖=写真下=は街のシンボルであり、市民に安らぎを与えてくれる存在だ。明府城歴史保護エリアなど多くの文化遺産があり、国家歴史文化名城に指定されている。そうした「泉城」の済南市は、泉水保存と地下鉄開発のどちらを優先するのかという課題に直面してきた。

地下鉄建設と葛藤

地下鉄建設プロジェクトの起こりは1980年代後半に遡る。済南市は88年に調査を実施し、道路網が不足しているため、鉄道輸送網を建設するという考えにつながった。しかし、中心部の泉の水脈がネックになった。2002年には中国科学院などの学者らが済南市の地下鉄建設と地下水保護についての議論を行い、最終的には地下鉄建設を慎重に進める必要があると結論づけた。その後、市内の交通渋滞は激しくなり、何度も地下鉄計画の検討がなされた。2009年に提出された研究報告書「済南鉄道輸送建設の湧水への影響」は、湧水が集中する地域を回避する限り、湧水に影響を与えることなく地下鉄を完全に建設できると指摘した。いくつかのデモンストレーションと調整の後、地下鉄建設プロジェクトの第1フェーズとして中心部の泉水地区を避け、西部の3路線を特定した。西部の地質は比較的良好で、湧水の中心部から遠く離れており、地下鉄建設が可能と判断した。同市人民政府外事弁公室によると、担当者が東京メトロにも地下鉄の建設方法などの調査で訪れたという。

新華社通信は今年1月1日、「最も複雑な水システムを通過する地下鉄」と題する記事を配信した。今年の元旦に開通した地下鉄1号線は済南市の複雑な地質条件と豊富な地下水資源をどのように通り抜け、湧水と共生するかが済南市の人々の心に影響を与えるだけでなく、世界の注目を集めていると報じた。

楊峰・済南市党委宣伝部長=写真右上=は9月9日、質問に答えて「済南の泉は我々の魂であり、血液の中に流れている。もし、200年後、地下鉄と泉のどちらを残すのかと問われたら、我々は泉を選ぶだろう」と語った。

国際医科センター

済南市西部に開通した済南地下鉄1号線のルート近くには、北京と上海を結ぶ高速鉄道の済南西駅がある。その周辺には済南国際医学科学センターの建設が予定されている。東京都内の千代田区、中央区、港区を合わせたくらいの面積である。北に黄河、西に湿地公園があり、総計画面積は約35平方キロメートル。同センター建設は山東省政府が主導し、済南市政府が実施する大プロジェクトである。

案内施設には済南国際医学科学センターの完成形を示す巨大なジオラマ=次のページに写真=があった。施設担当者は「マスタープランは日本の日建設計が担当しました。2030年には中国でトップクラスの健康産業エコシステムを持つ医療研究都市を目指す」と説明した。

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日建設計(本社・東京都千代田区)の西田康隆・都市基盤計画グループ計画部シニアダイレクターは「TOD(Transit Oriented Development、公共交通指向型開発)の都市設計で、公共交通の駅を中心にしてコンパクトでサスティナブルな(持続可能な)都市づくりを目指すマスタープランです」と述べた。=写真は右から日建設計の田中氏、西田氏、近藤氏。海外の都市案件を統括する田中亙・執行役員は、中国では車社会からの転換として公共交通指向型開発の都市づくりを進めており、10年ほど前から高速鉄道網が整備されるにつれ地方都市にも波及していると指摘した。近藤彰宏・設計部門ダイレクターは健康関連建が集積するセンター中心部の都市デザインを担当した。

済南国際医学科学センターは、山東第一医科学などのメインキャンパス、国立健康医療ビッグデータノースセンターが中核に位置し、医療サービス、医学教育、科学研究開発、医療機器、生物医学産業、リハビリテーションの機能セクションを備えている。がんセンター、小児医療センター、代謝性疾患センター、血液疾患センター、生殖センター、眼科センター、整形外科センター、リハビリテーションセンター、医療トレーニングセンターなどの多数の専門病院、科学研究機関が設置される予定だ。

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中国国務院は8月26日、中国(山東)自由貿易試験区を設立すると発表した。同試験区は、山東省の済南市、青島市、煙台市の3つのエリアから構成される。このうち、済南市の重点領域は、医療・介護、文化、人工知能(AI)、金融、情報技術などの産業をあげている。同試験区では、日中韓の地域協力を重要任務の一つにあげており、当然ながら、日本からの企業誘致への期待は高い。一方、中国が掲げる一帯一路政策の推進にも歩調を合わせ、山東高速集団は欧州とアジアを結ぶ「斉魯号」ユーラシア号を済南市からも出発させている。

北京、上海、広州といった大都市やイノベーションで注目される深圳とはひとあじ違い、「泉城」として自然・文化遺産を守りながら、都市開発を進める済南市の姿に安易な開発に偏らない「調和の思想」を体感した。北京国際空港へ戻る山東航空の機内で「論語」の言葉を再び目の当たりにして、悠久の歴史の中で引き継がれた自然・文化遺産こそ、未来に向けて最優先に残すべきものであると思った。

清宮プロフィール写真トリミング済み

清せい宮みや克かつ良よし(毎日アジアビジネス研究所長)
1983年毎日新聞社に入社。水戸支局、社会部、政治部。98年に米ジョンズポプキンス大国際関係大学院(SAIS)客員研究員、その後、ワシントン特派員、政治部副部長、さいたま支局長などを経て執行役員国際事業室長。中国、インドネシア、ベトナム、ミャンマ ー、タイ、ロシアでフォーラムやイベントを手掛ける。2018年10月から現職。

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