コラム : 陳言の中国「創新経済」 ブラックホールに吸い込まれた「視覚中国」

每日新闻亚洲商务报告--创新经济专栏


友人が15秒の動画を撮影した。事前にさまざまな準備を重ね、有名人に出演を依頼し、完成した動画の撮影効果が良いことを繰り返し確認した上で、ようやくこの動画はネットにアップロードされた。

友人仲間に発信する準備を終え、仲間に「見てくださいよ」とお願いしている間に、その友人は動画がネット上から削除されていることに気が付いた。何か技術的な問題があるのかと考え再びアップしたが、最初と同じように直ちに削除されてしまった。

「ずっとメディアで仕事をしてきたが、サイトが私の動画をこんな風に削除するとは、やり過ぎだ」。友人は怒り心頭でそう話した。事情通を通してサイトの技術者を探し、なぜ自分の動画が削除されたのかを詰問した。

調べた結果、動画の中に、新聞ラックに掛けられた「反中新聞」が数コマ映っているのが見つかった。その技術者にスクリーンカットを見せられた友人は、何も反論できなくなってしまったという。サイトの写真や動画のチェック能力がここまで強力だとは思ってもみなかったからだ。ほんの一瞬だけで、誰も気づかないはずの背景の新聞ラックにかけられていた新聞。サイトが利用している画像追跡システム「鷹眼」(ホークアイ)がこれを発見し、動画はサイトによって自動的に削除されてしまったのだ。

「ホークアイ」の使用は中国ではごく一般的になっており、動画に映っている違法な現象はかなりの程度、規制されるようになっている。

ところがホークアイを使用して急成長したある企業が4月、1週間足らずで20億元(約320億円)の株価を失う事件が起きた。

新技術で写真版権問題を解決

特定の記事がウェッブ上で流れることを防ぐため、キーワードを通して文章をチェックする方法は、中国はすでに非常に成熟した技術を持っている。しかし、違法写真や写真盗用の問題には長年、サイトの関係者は頭を悩ませてきた。

写真の使用に関して、中国には特有の習慣がある。ニュースサイトで無断使用された写真について、その写真の版権所有者が異議を申し立てた場合、メディア側がこの写真を削除すれば、問題は解決する。しかし、広告や企業のホームページで使われた写真が版権を購入していない無断使用であれば、その状況は一変する。

「視覚中国」(Visual China Group)社は写真版権を取り扱う中国最大の企業だ。2018年、世界的に有名なオンライン写真コミュニティー「500px撮影社区」(ファイブハンドレッドピクセル)を買収した。そのプラットフォームは195カ国・地域をカバーし、プロの写真家、撮影愛好家を含めた登録ユーザーは1500万人、契約カメラマンは30万人に及ぶ。

もし雑誌編集者が記事に添える写真を国営通信社のサイトで探そうとしても、時間がかかり、写真のクオリティーもよくない。「国営通信社は契約カメラマンの人数は足りず、写真もタイムリーに更新されない。よい写真を1枚探すのも困難だ」。編集者はそうぼやく。

「視覚中国」のサイトにアクセスすれば、最もニュース価値のある写真が目の前に並ぶ。ストックされた写真は膨大な枚数で、検索も簡単。編集者は(料金さえ支払えば)視覚中国の写真を自由に使用することができる。

視覚中国社の株価総額は4月はじめには200億元に近付いていた。昨年第3四半期には、中心業務の「視覚コンテンツとサービス」だけで営業収入5億7300万元(約92億円)、純利益は2億2300万元(約
36億円)に上った。写真の貸与、販売だけでこれだけの純利益を上げた企業は、中国では東方IC以外にはもうないといわれる。

中国での写真使用は厳密ではなく、ネット上で見つけた写真を自分の文章に合わせて適当に使うのは、ごく普通のことである。長い時間が経つうちに、どこで使われ、誰が使ったのか、その写真の本来の版権所有者にはまるで分からなくなってしまい、権利を主張することはも困難になる。

巨費を投入して 「ホークアイシステム」を開発

写真盗用問題を解決するために、視覚中国は早い段階から「ホークアイ」画像追跡システムの自主研究を進め、17年には完成させた。システムは自動巡回プログラム、自動画像対比、対比結果レポート自動作成などの方式を利用して、1日当たり200万件以上のデータを処理し、授権管理の分析や著作権侵
害のオンラインでの証拠保全など、ワンストップ方式の版権保護サービスを提供してきた。

巨額の研究開発費をつぎ込んで、視覚中国はプラットフォーム両端の膨大なユーザーに対する「スマート化」技術サービスを強化し、関連技術のコンテンツ獲得、運営、集客、検索、取引、支払い、ユーザーサービスのあらゆるセクションで、インターネット上の高効率、低コストの集客およびユーザーサービス能力を向上させた。これはクライアント数の急成長をもたらし、しかも大量の市場、人員投入を必要としなかった。

同社のアニュアルレポートを見れば、視覚中国は「ホークアイ」を利用して集客コストを大幅に低減した。もう一方で、ビッグデータに基づいて潜在的なユーザーのニーズを推察し、百度(バイドゥ)、騰訊(テンセント)、阿里巴巴(アリババ)、微博(ミニブログ)、一点資訊、鳳凰(フェニックス)ネット、捜狗、360などを含む多数のユーザーと提携。コンテンツベースの技術ドッキングを完了させ、視覚中国のコンテンツは膨大な「長尾市場」(ロングテール市場、長期間にわたり継続するインターネット上の需要)の需要を満たしている。

技術的な成熟の後、同社は多数のカメラマンと版権契約を結び、中国メディア、企業から巨額の契約費用を獲得し、さらに別の道(業務)を行うようになった。

ブラックホール、中国の国章、国旗の版権も視覚中国に所属?

4月中旬、ブラックホールの撮影に成功したとのニュースが中国全土を飛び交った時、人々は、200人以上の研究者が達成した成果であるこの画像の版権が、視覚中国の所有になっていることに気付いた。

驚きはそれだけではなかった。中国共産主義青年団(共青団)は微博で「国旗、国章の版権も貴社(視覚中国)のものか?」と疑問を呈した。視覚中国のサイトにある国旗や国章の写真にも、使用料が必要なことが表示されていたのだ。

ホークアイシステムを開発後、視覚中国は使用規則に違反した企業、個人に対して、弁護士を通じて使用料の支払いを要求した。「別の道」とは「版権―訴訟―契約―和解」のことだ。「写真1枚の費用が3000~5000元で、払わなければ訴訟を起こすと言われた」。視覚中国に支払いを要求された企業の総経理(社長)はそう憤慨する。写真使用料の金額の高額さが尋常ではないからだ。写真1枚にこの料金を支払うことができる中国企業は多くはない。

中国には企業の訴訟状況を調べる「天眼査」という専門のアプリがある。それによると今年1月4日現在、視覚中国が登記済みの訴訟データは9149件に達し、そのうち著作権侵犯罪、その他著作財産権侵害紛糾、作品情報ネット伝播権侵害紛糾等の案件が8237件に達していることが分かる。視覚中国の担当役員はかつてメディアに「法廷闘争で負けたことがない」と豪語していた。

ブラックホール、国章、国旗の版権収入が視覚中国に入っていることが問題視され、ブラックホール写真の版権問題は、同社のねつ造だったことが明らかになった。加えて共青団の微博による追究があり、視覚中国は瞬く間に20億元の時価株価を失った。同社を管轄する天津市インターネット情報事務所は法律に基づき4月11日、視覚サイトの違法、有害情報の伝播情況に対してサイトの責任者に対する任意の事情聴取を行ない、同サイトの違法、規則違反行為の即時停止、全面的な見直しの徹底を厳命した。

盗用撲滅は中国人の心に深く刻まれ、写真使用料支払いは次第にトレンドになりつつある。データによると、中国国内のホームページで使用されている写真は6000億枚を上回り、大手メディアのプラットフォームで430億枚が消費されている。5%の版権料で計算すると、市場規模は1500億元(約2兆4000億円)に上る。視覚中国には明るいビジネスの前途が待っていた。しかし、ブラックホール写真の版権所有をごまかし、国章、国旗の版権まで持っていると公言して、明らかにこのビジネスチャンスを無くしている。そのような画像を使用したい場合に視覚中国に版権料を支払わなければ、同社に訴えられる可能性も出てくる。

ごまかし、貪欲さが目に余れば、視覚中国は市場で信頼を失い、最も成長する時期に、逆にその市場から疑われ、みずから成長を停めるようなものだ。中国のスタートアップ企業は大なり小なりの問題に直面し、時に、金儲けに走り、誠実、信用などを忘れる。視覚中国はその典型的な事例を示してくれている。


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陳言=ジャーナリスト、日本企業(中国)研究院執行院長
1960年北京生まれ。82年南京大学卒。82-89年『経済日報』に勤務。89-99年、東京大学(ジャーナリズム)、慶応大学(経済学)に留学。99-2003年萩国際大学教授。03-10年経済日報月刊『経済』主筆。10年から日本企業(中国)研究院執行院長。今年1月から「人民中国」副総編集長も務める。

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