シリーズ : 米国のミャンマー人脈⑤  東南アジアを熟知する職業外交官  駐ミャンマー大使のスコット・マルシエル氏

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及川 正也
毎日新聞論説副委員長

2019年の米国・ミャンマー関係は引き続き厳しいだろう。少数派イスラム教徒ロヒンギャ迫害や現地ロイター記者逮捕をめぐる対立はエスカレートし、収束のめどはつかない。トランプ米政権はロシア疑惑や政府機関一部閉鎖、ミャンマーのアウンサンスーチー政権は補選での苦戦など、それぞれ国内問題で足元が危うい状況だ。そんな政情不安を背景に、ミャンマーをめぐる米欧と中露の新たな「代理戦」の様相が色濃くなっている。ミャンマーが大国の「主戦場」となる中、難しいかじ取りを迫れているのが米国のスコット・マルシエル(Scot Marciel)駐ミャンマー大使(60)だ。東南アジア専門の職業外交官だが、米国内からの風圧とスーチー政権とのバランスをどう取るか、手腕が問われている。

■着任からロヒンギャ問題に

スコット・マルシエル米駐緬大使

スコット・マルシェル米駐ミャンマー
大使=米国国務省のホームページより

マルシエル大使のミャンマーでの仕事は、現在、国際的に焦点となっているロヒンギャ問題とともに始まったと言っていい。3年前にさかのぼるが、米国とミャンマーの摩擦はすでにこのときから始まっている。
「国際的な習慣として、世界のどこであれ自分たちがどう呼ばれるべきかを選ぶことができる。われわれはそれを尊重している」。ミャンマーに赴任して1か月余たった2016年5月、ヤンゴンのアメリカンセンターで記者会見したマルシエル大使は、「ロヒンギャということばを使用するつもりですか」との外国人記者の問いに、こう答えた。「ロヒンギャ」と直接言及こそしなかったが、「これは米政府の政策だ」とも述べた。

このやり取りの伏線となったのが、直前に起きた海難事故だ。4月19日にミャンマー西部ラカイン州の沿岸部で、市場への買い物客60人を乗せたボートが転覆し、子供9人を含む少なくとも21人が死亡した。この事故について在ミャンマー米大使館は「ロヒンギャ」の犠牲者に対する「哀悼の意」を示し、ロヒンギャに対するミャンマーの非人道的な扱いを指摘する声明を翌20日出した。折しも、マルシエル大使がティンチョー大統領(当時)から信任状を受けた翌日だったことから、ミャンマー政府内には不満が募ったという。

現地メディアなどは、アウンサンスーチー国家顧問兼外相がマルシエル大使に直接、「ロヒンギャということばを使わないでほしいと要請した」と報道した。ミャンマーはロヒンギャ族をバングラディシュからの不法移民という扱いで、国民とは認めていない。ミャンマー政府は「ベンガル人」と呼ぶのが慣例だ。

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