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【The Dogs Story vol.1~忠犬ギン】

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『忠犬ギン』

俺は、ギン。
秋田犬のギンだ。アキタケンではなくアキタイヌというのが正式な呼び名。

俺がこのシェルターに来てからもう3年が経った。
なぜ俺がここに来たかって?

俺はある福祉施設で飼われていた。そこにはたくさんのヒトがいて、知っているヒトはいいんだが、たまに顔見知りでないヒトも来るんだ。それで突然俺に触ったヒトがいて、びっくりした俺は思わず歯を当ててしまった。申し訳ないと思ってる。大事には至らなかったが、多くのヒトがくるその施設にはそんな俺を置いてもらう訳にもいかず、シェルターへやって来た。さすがにショックだった。その施設には俺を可愛がってくれるヒトもいたし、優しく撫でてくれるヒトもいた。そんなヒトたちが俺は好きだった。

俺たち秋田犬の気質は、元来人見知りだ。誰にでも尻尾を振るわけにはいかねぇ。大きな体に大きな顔をしているが、小さなつぶらな瞳がたまんない魅力だとヒトは言う。かわいい~♪と言われたら、ホントはデレデレとしてニヤけているのだが、この小さなつぶらな瞳だとだれも気付いてくれねえ。めいいっぱい喜んでいるのにな。

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昔、俺たち秋田犬はマタギと呼ばれる猟師に飼われ、熊猟なんかに使われた。その後、江戸時代には闘犬として。明治時代には大型化するため洋犬を入れて改良され、だんだん本来の秋田犬としての気質が変わってきた。それではいけないと昭和2年に秋田県で「秋田犬保存会」ができて、昭和6年には秋田犬が日本犬で最初の天然記念物の指定されたんだ。すごいだろう?

あの奇跡のヒトヘレン・ケラーが来日した際には、秋田犬をプレゼントしてアメリカへ連れて帰ったそうだ。今では、アメリカアキタという犬種がいるくらい、秋田犬は海外でも人気さ。日本では、年間約370頭が登録されていているんだが、イタリアでは1000頭以上が登録されているという人気ぶりだ。

人気と言えば、忠犬ハチ公は知っているだろ?今でも渋谷駅や東京大学にハチ公の銅像がある。大学教授だった飼い主さんの送り迎えがハチの仕事だった。残念ながら飼い主が亡くなった後もずっと駅前で待っていたというくらいの忠実さだ。ハチ公は13歳になって亡くなるまでずっと教授の帰りを待っていただんだ。俺もこの話を聞いた時は、泣けたよ。俺たち秋田犬は忠犬だからね。

俺、シェルターでたくさんの犬たちと暮らすのも悪くないと思ってる。スタッフのみんなが俺を慕ってくれ、よく散歩にも連れて行ってくれる。

だけど、俺は待っているんだ。俺だけの親方さんを。

俺と毎日一緒にいれくれて話をしたり、と言っても俺はうんうんとうなづくだけだが、人生をいや犬生をともに歩んでくれるそんな家族を待っているんだ。今の日本は小型犬ブームだという事は知っている。だけど、大型犬は小型犬にはない、落ち着きと感受性の高さと、賢く従順で、訓練性も高い。
散歩だって俺は引っ張ったりなんかしないぜ。俺は待つ。俺だけの飼い主が現れるまで待つ。だから是非俺に会いに来てくれ。俺の良さを分かってくれるヒトに出会えるまでひたすら待つ。だってそれが秋田犬だからさ。

【ギンのプロフィール】
2007年9月生まれ享年12歳8カ月オス。
普段は穏やかで日向ぼっこと散歩が好き。
男性がちょっと苦手でした。

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★あとがき

2013年からシェルターでの生活をしていたギンちゃん。虎という銀色にも見える毛色が美しい犬でした。家族になってくれるヒトをずっと待ち続けていたギンちゃんですが、その半生は病との闘いでした。
今朝(2020.05.18)虹の橋を渡ってお空の仲間のところへ旅立ちました。
散歩に行くとこちらの歩くペースに合わせてくれるギンちゃん。
春に散歩途中でつくしをむしゃむしゃと食べていたのを覚えています。

ギンちゃん、そっちで大好きだった人に会えているかな。
                                                                                      <by Junko Onishi>








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