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【短編】家喰い

「ヒャッハー! 俺はタンジロー! 水の呼吸、壱の型! なんちゃら斬りィィィ!」
 私は背後から太腿を斬りつけられた。玩具の刀を握った子供が、パーティ会場のテーブルの間を駆け抜けていく。
「美味いタダ飯を食えるんだ。気にするなって、地獄耳ショーコさん」
 私が子供に気を取られている間に、紅眼のナナリーさんはローストビーフを平らげていた。壁際に並んだビュッフェへと小走りで向かう紅眼のナナリーさんを追いかけながら、サーモンの刺身を五枚一気に口の中に押し込む。
 このパーティは、ネズコ・ボイスさんという人物が主催しているオフ会である。ネズコ・ボイスという名前はハンドルネームで、本名は不明なのだが、SNSでは資産家として有名で、高級車のコレクションや年代物のワインの写真を頻繁にSNSにアップしている。
 そんなネズコ・ボイスさんが、ある日、こんなコメントを投稿した。
「オフ会やります!抽選で百人限定!参加費は無料!参加したい方はこの投稿にふぁぼを付けて拡散してください!」
 かくして、選ばれし百人の参加者が集うことになった。
 会場は北関東の別荘地にあるホテルで、駅からシャトルバスで二十分ほどの山の中にある。周囲は森に囲まれており、バスから降りると澄んだ空気が肺を満たした。ホテルの外観は、歴史ある洋館といった感じだ。普通に生活していたら、まず縁は無さそうである。
 ホテル内の大ホールが会場になっていた。入り口ではベネチアンマスクを手渡され、会場内で付けるように言われた。それに、会場ではハンドルネームを使う決まりになっていた。地獄耳ショーコと名乗るのは、慣れなくて気恥ずかしい。紅眼のナナリーさんとは、会場で知り合った。別に互いにフォローしていた訳ではないし、本名すら知らないのだが、同じソシャゲをやっていると知った瞬間から私たちはマブダチになった。課金額や始めた時期を口にせずとも、持っているキャラの種類とレア度、星の数が私達の代わりに語り合ってくれた。
 皿にエビチリを盛っていると、会場にマイクの音声が響いた。
「それではこれより、ネズコ・ボイス様の計らいでご用意した特別なデザートをお持ち致します!」
 するとステージ脇の扉が開いて巨大なケーキが運び込まれた。カートに乗ったそれは縦長の直方体で、水色のチョコか何かで覆われている。ビルを模しているようだ。
「こちらは、ネズコ・ボイス様の所有する地上三十階建ての高層ビル、スカイビューレジェンドを模して作ったケーキでございます!皆様、お写真をどうぞ」
 フラッシュが止むまで待ってから、司会の声が入る。
「では、ケーキを切ってくださる方を募集致します。挙手を!」
 選ばれたのは、前列の若い女性だった。女性はおっかなびっくり前へ出てきたが、包丁を渡されると、まるで日頃の恨み辛みを込めるかのように、躊躇うことなくビルを真上から一刀両断した。華奢な腕から放たれた豪快な一撃に、会場から大きな歓声が上がる。
 小さく切られてビュッフェに並べられたケーキを、私達は早速回収した。
 ケーキは外側が板チョコとクリームでコーティングされており、中はスポンジとソースが何層も重なっている。
「この赤いソースはイチゴ?食べたこと無い味だけど」
 紅眼のナナリーさんは、ケーキを口に入れて不思議そうな表情を浮かべていた。
「イチジクっぽいけど、何か違いますね」
 すると続けて、司会の声が会場に響いた。
「続いては、こちら!」
 カートに乗って現れたのは、広い庭園付きの和風建築だった。
「こちらはネズコ・ボイス様が資金援助をしている京都の由緒あるお寺でございます。こちらを切りたい方は?」
「きtらああああ! 今度は私やりたい!」
 私も挙手をしたが、選ばれたのは茶髪に白スーツの男性だった。観衆の前に堂々と歩み出た男性は、包丁を逆手にもってカンフーのようなポーズを取ると、甲高い掛け声と共に家屋を何度も切り刻んだ。大きな笑い声と拍手の音が、広い会場に反響する。
 紅眼のナナリーさんが、私の分のお寺ケーキも取ってきてくれた。
「これ、外側はウエハースなんですね。木の質感がよく再現されてる」
「でも中身のソースはさっきと一緒じゃない?」
「確かにおんなじだ。しけてんにぇ」
「これってザクロの味? 食べたことないけど」
「私もありませんですわ」
 首を傾げていると、周りの人たちが何やらざわつき始めていた。肩越しに、その人達が見ているスマホの画面を覗く。
「高層ビル倒壊 死者多数」
 ニュースサイトのトップ画面に速報が出ていた。ビルの名前は、スカイビューレジェンド。ガス爆発とかテロとか言われているが、原因はまだ不明のようだった。
 立ち上がる黒煙、路上に散らばったガラス片、点滅する赤いサイレン、規制線をくぐっていく消防隊員。
 そして映し出された倒壊寸前のビルは、まるで上から刃物で切られたみたいに真っ二つになっていた。
 すると、紅眼のナナリーさんが声を掛けてきた。
「これ、ドッキリだよね?」
 差し出されたスマホの画面には、SNSに投稿された映像が流れていた。空から降りてきた包丁のようなものが、お寺の屋根に直撃して瓦が吹き飛んでいた。外観は、私達が食べたお寺とそっくりだった。
 再び司会の声が会場に響く。
「最後のケーキはコチラ! 当ホテルを精巧に再現したケーキです! 真っ先にぶっ壊したい方はいらっしゃいませんか?」
 会場は静まり返っていた。手を挙げる人は誰もいない。いるはずがない。
「こっそり抜け出そう」
 紅眼のナナリーさんが私に耳打ちした次の瞬間、洋館ケーキへ向かって走っていく人影が見えた。
「ヒャッハー! 俺はタンジロー! 水の呼吸、壱の型! なんちゃら斬りィィィ!」
 いいぞ、やっちまえ! 折角、大金をかけたんだからな。

<終>

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※この小説は人間が書きました。

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