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【三分小説】眠れる夜の声

物語はいつも浮かんでいる。

目を閉じる前には、
この様にして、
頼りない程度の灯りでこの紙を照らし、
持ち前の温かな気持ちを呼び起こす事が
何よりも良い夢を見せるのです。




"夜には星が輝き、月は微笑んでいる。"
そう思い込む猫が、居る。
正確にはハクビシンという。

ハクビシンは、夜がだいすきだった。
彼は夜行性で
「ぼくは電線を渡るのがとっても早い。
流れ星よりも早く
向こうの電柱まで行く事ができるんだよ」

と、毎晩、周りに自慢しているようだった。
"周り"というのは
貴方の思い浮かべるあの坂の上とか、
貴方がよく歩く歩道橋の下に居る
あれのこと。

「おでこの辺りから、霊(たましい)が抜けて、
夜空に向かっていく感覚があるの。
白い、半透明の、に似た温かい何か。
私がこの世で一番好きな香りが一緒に煙っている。
そうすると身体は、
ふんわりと優しい柔らかなお布団に
沈んでゆく。
背中から、軽く、優しく、やんわり、」

羽毛(うもう)の様な、
スープのような、
不思議で滑らかな声が
あの坂の上から流れ込んできて
ハクビシンをたっぷりと包み込んだ。


寝惚けた、古本屋の店主がページを捲る音が聞こえる。
珈琲屋が今夜最後の一杯を淹れる音が聞こえる。
物思いに更けた絵描きがパレットを洗う音が聞こえる。



ハクビシンには
夜の余白が見える。

ハクビシンには
夜の声が聞こえる。

ハクビシンは
抜け出した霊の行方を知っている。

ハクビシンの愛する人には
「夢さえ見られないように」
と、健やかな寝息を聞かせる。


ハクビシンは今日も電線を駆ける。
貴方が眠るまで。

雨や曇りの日も、新月の日でも、
「星は輝き、月は微笑んでいる」
と信じて疑わない彼は、
今も貴方の街に。

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