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【恋物語】蝉時雨

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#三分小説

【恋物語】蝉時雨/第三章⑵ 火傷とシーグラス

【恋物語】蝉時雨/第三章⑵ 火傷とシーグラス

沈黙の後、今度は小春が話しはじめた。

「入学式のあの日、貴方と目が合って、思い出したの。
ずっと胸の奥の抽斗に了ってあった色が蘇ったように」
「それって、どんな色?」
彼女は左下に目線を落として少し沈黙した。
蝉時雨と雨が容赦なく降る。
「半透明の緑色。質感はシーグラスだった。」
「今はちがうの?」
「あんまり訊かないでよ」

金曜の夕方ということもあってか少々店内が混んできた。
ここはお酒の提

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【恋物語】蝉時雨/第三章⑴雨喫茶、追憶

【恋物語】蝉時雨/第三章⑴雨喫茶、追憶

『キスは色恋だよ』

大学時代の友達の結婚祝いを渡しに行った帰り道。
十六時。助手席に小春を乗せて、車で雨の八月を走る。
先週のあの言葉はたまに僕の頭の中にふらりと現れる。ここ最近はずっとそんな感じだ。

「君との思い出で一番古い記憶があってさ」
「入学式でしょ?
職員室の前で目が合った話したよね」
「いや、それよりもっと、前なんだ。」
彼女はさっきコンビニで買ったアイスティーをひと口飲んでから、

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【恋物語】蝉時雨/第二章⑶ 雪景色とあの夢の続きのような

【恋物語】蝉時雨/第二章⑶ 雪景色とあの夢の続きのような

あの悪い夢の所為で中々落ち着かない。
胸の奥に夢の跡が残ったままぼんやりと寝室から出る。
僕は思わず目を細めた。

雪の光だ。
キッチンにある窓から小さな街を見下ろす。
空と地上の間は粉雪で煙っていた。

高台にあるが故に階段が面倒だが、景色だけは良かった。
街中の物件と比べれば利便性は劣れど、僕はこの家に一目惚れをしてしまったのだ。

このキッチンの窓は色々な景色を見せてくれる。
この窓から朝陽

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