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冷凍保存の魔術師

※この作品は、ずいぶん前に学研の子供向け(小学6年生)雑誌『話のびっくり箱』に掲載されたものです。我ながら、とても楽しい話が書けたと思っています。ぜひ、お楽しみください♪

●雪の下の魔術師
 ある冬の朝、ルンナはまだ暗いうちに目が覚めた。いつもと違う異様な静けさを感じたせいだ。
 世界を覆った何かに、音が吸いこまれているような気がする。もしかしたら……。
 起き上がって窓を開けた。すると、あたりは一面の銀世界だった。しかもまだ雪は降りつづいている。
「やったあ!」
 ルンナはウキウキした気分になって、大急ぎで着がえ、部屋を出た。パパとママの寝室の前を足音をしのばせて通りぬけると、家から飛び出した。
ランタンとスコップを持ち、隣の家の前まで行き、雪玉を作って二階の窓に向かって投げる。雪玉は窓ガラスにあたってはじけ、バコンと音を立てた。
 そこはタックの部屋の窓だ。ルンナとタックはオドロン村小学校六年の同級生で、家が隣同士の幼なじみでもある。
 お転婆で無鉄砲なルンナと、慎重で思慮深いタックはよいコンビだ。
すぐに窓が開き、タックが顔を出す。すでに目が覚めていたようだ。
「ね、タック。雪ダルマ作ろうよ」
「いいね。大きいの作って、みんなをビックリさせよう!」
 タックは家を出ると、納屋から自分のスコップを持ってきた。
 雪ダルマを作るのは、村の真ん中にある公園にしようと決まる。
 二人はスコップで雪を掘り、公園の中央に積み上げはじめた。
 すると、ガチッと音がして、ルンナのスコップが固い物にあたった。なんだろうと雪をかき分けていくと……。
「キャッ!」
 驚きと恐怖のあまり、叫び声をあげたルンナは尻餅をついてしまった。それは無理もないことで、かき分けた雪の下には、コチンコチンに凍りついた男の人の顔があったからだ。
 ルンナの元へかけつけたタックも「ウワアッ!」と思わず大声で叫んだ。
 その時、男の人の眉がピクッと動くのを二人は見た。
「生きてるんじゃない?」
そうルンナがいうそばから、また眉がピクピクッと動く。
「ルンナのいうとおりだ。生きてる!」
 死んでないと分かって、二人はホッとした。それによく見ると、まだ少年のようだし、顔がぷっくらして愛嬌があるので、ゾンビやドラキュラに見えないから怖くもない。
「解凍してあげなくっちゃ」
 ルンナは、タックと一緒に少年の上に乗っている雪をどけた。すると、少々太りぎみの体が現れた。二人と背は同じくらいだ。凍った体をひきずって、ルンナの家へ運びこんだ。
 二人は電子レンジで生解凍しようかと思ったが、体が入らない。
「オーブンでいいんじゃない」
 ルンナの思いつきで、凍りついた少年をオーブンの中へ入れた。ルンナのママは料理好きで、オーブンは特大のものだ。
 点火して弱火で十分。
「あちち!」
 顔を真っ赤にして、オーブンから少年が転げ出た。頭の毛が煙を立ててくすぶっている。
「あー、ひどい目にあった。ところで今は何年何月何日なの?」
 キョロキョロあたりを見まわす少年に、ルンナがその日の日づけを教えると、何もいわずにガックリと肩を落とした。
 ルンナとタックが自己紹介すると、彼はモリビンと名乗り、十四歳だという。
「僕は、モウロク山のはるか向こうにある魔術師の里の魔術学校の生徒なんだ」
「魔術師のタマゴなのね。ステキ!」
 ルンナは顔を輝かせたが、モリビンは表情をくもらせたままだ。
「どうして、凍ってたの?」
 タックが訊くと、モリビンは事情を説明しはじめた。
「魔術学校の寄宿舎にいたんだけど、何度も落第して肩身がせまいんだ。魔術より機械いじりのほうが好きだけど、僕の両親は有名な魔術師でさ、とても進路を変更するなんていい出せなくて……」
 それで何日か前、衝動的に寄宿舎から脱走したという。でも、生まれた家に帰るわけにはいかず、この先どうするか計画があったわけでもないから、放浪するしかなかった。
 昼も夜も眠らずに歩きつづけ、モウロク山を越えてオドロン村にたどり着いた昨夜には、もうヘトヘトに疲れきってしまっていた。
「公園で何日かぶりに眠ろうと思ったら、とつぜん素晴らしい考えが浮かんだんだ。あと十年も経てば、魔術師製造機械が出来るかもしれない。それを使えば、つらい勉強なんかしなくても、すぐに立派な魔術師になれるから、それまで眠ってればいいんだってね。それで、自分の体に魔術をかけたんだよ」
 モリビンは冷凍魔術の呪文を唱え、土の下深くで自分の体を冷凍保存し、十年間の冷凍睡眠に入ろうとした。
 ところが、冷凍はうまくいったが、どういうわけか雪を降らせてしまい、土の下ではなく雪の中で眠ることになってしまった。
「やっぱりぼくは落第生だ。きみたちに解凍されなくても、春には自然に溶けていたよ」
 モリビンは、泣き出しそうな顔になった。

●モリビンのトンデモ魔術
「雪を降らせただけでも立派よ。あたし、雪を見て嬉しかったもん。ねえ、何か魔術を見せてくれない?」
 ルンナは、モリビンをはげましてあげようと思っていった。
「ぼくも見たいな。ねえ、やってみせてよ」
 タックもせがむ。
「簡単なことしか出来ないけど……。」
 モリビンは、ルンナとタックの期待のこもったまなざしに押されてうなずいた。
「フンダラマンダラボストロン……」
 モリビンが呪文を唱えた途端、キッチンの床に金色のバラが一輪現れた。
「ワオ! すっごーい」
「モリビンさんて、天才だね!」
 ルンナとタックが口々にホメたたえると、
「これくらいのことは魔術の基礎だから、僕にも出来るんだ。ほかに何かリクエストがあればやってあげるよ。でも簡単なやつね」
 モリビンは少し得意そうな顔でいった。
「ウーン……何がいいかな。そうだ、雪ダルマ作って!」
 ルンナは、雪ダルマの制作中だったことを思い出してリクエストした。
「そんなのは、おやすいご用さ」
 モリビンはうけあい、三人は公園へ引き返した。
「ホンニャフンニャユキダルマボン……」
 しかし、モリビンが呪文を唱えても、ルンナのまわりに雪だるまは現れなかった。
「もっと大きいのがいいよね、ルンナ」
 というタックは、雪だるまが見えるらしい。でも……、
「あれ、ルンナはどこ?」
 と、あたりを見まわしている。
「あたしはここよ。」
 すぐそばにいるルンナはこたえた。その声は、とんでもないところから聞こえてきた。
「失敗だ。どこで間違ったんだろう」
 モリビンは青ざめた顔で、おろおろしている。タックは目をまるくして、
「ルンナ。きみが雪ダルマに……」
 いいおわらない前に、ルンナは自分の体を見て気がついた。まるまる太った雪の体になっている!
「なななな、なんでえ! あたしこんなデブじゃないよう」
「あの、雪ダルマっていうのは、太ってるのがいいんだよ。そう思うだろ、タック君」
「う、うん。やせてたらヘンだけど……」
「デブも雪ダルマもイヤなの! 早くあたしを元の体にもどして!」
 ルンナの剣幕に、モリビンはあわてて呪文を唱えはじめた。
 しかし、雪ダルマのまま、ルンナには何の変化も見られない。
 そのかわりに、タックの姿がおぞましいものに変わっていた。
「ああ、なんでこうなるんだろう……」
 モリビンは頭をかかえてうなった。
 タックは、顔も手も足も胴体も、すべてが毛むくじゃらになっている。
「な、なんなんだ、これ!」
 タックは全身の毛を逆立てた。驚いたりパニックになると、そうなる体らしい。
「どうやら……雪男にしてしまったみたい」
いいにくそうにモリビンが答えた。
「ねえ、落ちついて呪文を思い出せば、あたしたちを元どおりに出来るはずよ」
 ルンナは、モリビンを焦らせないために、つとめて優しく言った。元にもどるには、彼に頼るしかない。
 モリビンはしばらく目をつむって、記憶をまさぐっていたようだが、やがて呪文を思い出したのか、目を開けた。
「こうだと思うんだけど……ヒンムラモンダラドドロンバン……」
 自信なさそうに呪文を唱えると、ルンナの背が高くなった。あわてて足元を見れば、雪だるまの胴体に短い足が生えている。ついでに手も。
 タックはというと、手と足の指にニョキニョキと長い爪が伸びてきた。
「やっぱりダメだ。生きてるのがつらい」
 モリビンは雪に突っ伏して、ワンワン泣きだしてしまった。

●助けを呼ぶミルカ
 その時、タックがハッとした顔をして耳に手をあてた。
「どこかで、小さな子供が泣いてるぞ」
「え? あたしには聴こえないよ」
 雪ダルマが、いやルンナがキョトンとしてタックを見た。
「あっちの崖のほうから聴こえるんだ。ママ、ママ……って、呼ぶ声もする」
「そんな遠くの声が聴こえるはずないよ」
 ルンナは、いぶかしげに眉をひそめた。
「タック君の耳は、雪男になったせいで、とても敏感になってるんじゃないかな」
 涙をふきながら、モリビンが言った。
「だったら大変。崖のほうなら、泣き声はきっとミルカよ。まだ五歳なんだから。ミルカのパパとママはどうしてるんだろ?」
 崖の近くには一軒しか家がないことを思い出して、ルンナは心配になった。
「とにかく、崖にいってみようよ」
 タックの言葉に、ルンナは同意した。
 雪男のタックは確かな足取りで、雪ダルマのルンナは短い足でヨタヨタと、最後にモリビンが、他にすることもないといった感じで、トボトボと崖に向かって歩いていった。
 崖に近づくにつれ風が強くなり、吹雪になった。やがて山小屋風の家が見えてきた。そこがミルカと両親の住まいだ。
 家はひっそりとして、人が起きている気配はない。
 タックは家の前を通りすぎると、さらに歩いて崖にたどりついた。
 崖の下には川が流れ、向こう側は傾斜の急なモウロク山だ。鋭いV字型のへこんだ谷になっている。
 タックは切り立った崖の縁に立つと、下をのぞきこんだ。
 ルンナも下を見おろそうと思ったが、なにせ体がまるいのでバランスがとりにくい。立ったままだと転げ落ちてしまいそうだ。仕方なく腹ばいになって、顔を縁から突き出した。
「あそこにミルカが倒れてる!」
 タックが指さす先を見ると、渦巻く雪にさえぎられながらも、ミルカと思われる人影が見えてきた。足をおさえ、うずくまっている。
「オーイ、ミルカー! 大丈夫かーい?」
 雪男になったせいか、普段は出せるはずもない割れるような大声で、タックは呼びかけた。すぐそばにいるルンナの耳は、鼓膜が破けそうなほど耳が痛くなった。
 タックは耳をそばだてていたが、やがて口を開き、          「ミルカは足をくじいたようだけど、ほかにケガはしてないみたい。目が覚めたら、雪が降ってるんで、外へ出たんだって。雪で遊んでいるうちに、知らず知らずのうちに崖んとこへ来て、転げ落ちてたっていってる」
 ルンナと、うしろで突っ立っているモリビンに向かっていった。
「早く助けなくっちゃ。あたし、ミルカのママとパパに知らせてくる。まだ眠ってるんだわ」
 あわてて立ち上がろうとするルンナを、タックはひきとめた。
「雪ダルマが玄関に立ってたら、驚いて話をするどころじゃないよ。……雪男も同じかな」
 タックにそう言われ、ルンナはモリビンに目を向けた。
「あ、ぼく?……そう、ぼくが知らせに行くのがいいね」
 モリビンは、あたふたと家に向かって歩き出した。

●救助隊は来たけれど
 ミルカのママのメムルさんが、モリビンと一緒に駆けつけてきた。
 メムルさんは、ルンナとタックの姿を見ても驚かない。モリビンが事情を説明してくれていたからだが、それよりミルカの身が心配でたまらなく、驚く余裕もなかったのだ。
「ミルカ、ミルカ!」
 崖の縁から呼びかけるが、応答は聞こえず、おろおろするばかりだ。
「大丈夫です。ミルカは元気だし、メムルさんの声も聴こえていますよ」
タックが力づけるようにいうと、メムルさんは少し安心したようだった。
 しばらくして、ミルカのパパのバルンモさんがやってきた。近くの町の救助隊に電話して、助けを頼んだという。
「救助隊が来るまで、せめて近くにいてやれたら……」
 メムルさんが悔しそうにつぶやくのを聞いて、ルンナはふとよい考えがひらめいた。
「あたしなら、崖の下までいけそう。雪ダルマだから、ゴロゴロ転がればいいのよ」
「ミルカを押しつぶすんじゃない?」
 タックが不安そうにいう。
「はなれたところに転がって、それからミルカのとこまでいく。メムルさんとバルンモさんが許してくれたらの話だけど」
「あなたに危険がないなら、お願いするわ。ミルカを元気づけてあげてね」
 メムルさんの言葉に、バルンモさんもうなずいた。
 ルンナは、ヨタヨタと縁を移動すると、下をのぞきこんだ。
 すると、さっきは感じなかったが、転がり落ちようとすると、崖の下はまるで奈落の底のように見える。足がガタガタ震えてきた。
「あ、あたし高所恐怖症だったんだ!」
 いまさらながら、それを思い出した。余計なことなどいわなきゃよかったと後悔していると、まるい体の重心が少しだけ前にかかった。バランスを失い、前にのめる。
「ワワワワッ!」
 踏ん張ろうとするが、無駄だった。
「し、死ぬ~~!」
 叫びながら、ルンナはゴロゴロと崖を転がり落ちていった。
 何度もなんども崖の下と空が交互に見え、クラクラと目がまわり気絶しそうになったころ、ドスンと音がした。
 もう体は転がっていない。グルグルまわる目に、大粒の雪が降ってくる。
 よっこいしょと立とうとすると、ツルンと手がすべって体がクルリンとまわった。今度はうつ伏せになる。
 目の下には氷。それは凍った川だった。
 うつ伏せのまま手を使って川の上をすべって行くと、ミルカの姿が見えてきた。
ミルカは、雪ダルマが突進してくるのを見て、恐怖の色を顔に浮かべた。
「ミルカ! あたし、ルンナよ」
「ルンナねえちゃん?」
 ルンナの声がしたので、ミルカは安心したようだ。
「ずいぶん小さくなったのね」
 ミルカに顔を近づけてルンナはいう。
「そんなことないよ。ルンナねえちゃんが、大きすぎるんだよ」
転がったせいで体に雪がついて膨れ上がり、ルンナは巨大な雪ダルマになっていたのだ。
「そっか。あたしが大きくなったから、ミルカが小さく見えるのね。でも、やだなあ。すんごいデブになっちゃった」
 雪ダルマ・ルンナのしかめた顔が面白かったのか、ミルカはクスクス笑った。
「もう少ししたら、助けがくるから、それまで頑張ってね」
 ルンナがはげますと、
「うん!」
 ミルカは力強く答えた。

 救助隊を持っているあいだに、吹雪はどんどん激しくなってきた。
 やがて雪に煙った空に、救助隊の真っ赤な色をした飛行船が姿を現した。
 谷は行き場のなくなった風で雪が渦巻いているため、飛行船は、崖の縁すれすれまで降りてとまった。胴体の下の部分がスライドして四角い穴が開き、そこから、救助隊の人が重りのついた縄バシゴをたらしていく。
 縄バシゴが下まで降りきると、救助隊員がハシゴを伝いはじめた。だが、強い風が吹くたびにあおられ、隊員はハシゴにしがみつくのがやっとだった。
 悪戦苦闘をつづけたあげく、隊員は諦めて飛行船の中へもどってしまった。
「ああ……。」
 絶望のため息をついたメムルさんは失神し、あやうくバルンモさんが抱きとめた。
「このままでは、ミルカが凍え死んでしまう。ああ、神さま!」
 バルンモさんが悲痛な叫びを上げた。

●溶ける雪ダルマ・ルンナ
 ルンナは上を見上げていたので、救助隊の失敗を知った。
 ミルカは唇が紫色になり、ブルブルと震えている。
 ルンナは雪ダルマになっているせいか、まったく寒さを感じなかったので、いままでミルカが冷えきっているのに気がつかなかった。
「どうしよう……」
 パニックに襲われそうになった時、またまたひらめいた。
 ルンナは、手でお腹のあたりの雪をかき出し、空洞をこしらえると、その中へミルカを入れた。
「どう、少しはあったかい?」
「うん。ポカポカだよ」
「カマクラっていうの。雪がよく降るところでは、こんな雪のおうちで子供たちが遊ぶそうよ。本で読んだことがあるんだ」
「ふーん……カマクラってドックンドックンっていう音もするんだね」
「……音?」
「うん。気持ちいいな……こうやって眠っていた時があったみたいな気がする………」
 やがて、ミルカの寝息が聞こえてきた。
 ルンナは、お腹に子供を身ごもったお母さんのような気分になってきた。
 ミルカの聞いている音は、ルンナの心臓の鼓動に違いない。ミルカは生まれてくる前の記憶を思い出したのだろう。
 崖の上では、モリビンが呪文を唱えていた。タックが鳥に変えてくれと頼んだからだ。
 鳥になって舞い降りて、ミルカをつかんで上がってくるという計画だ。
 やがて、モリビンの魔術でタックは変身した。しかし鳥ではなく、なぜかトナカイに。
「なんでこうなっちゃうの?」
 タックはあきれて、怒る気にもなれない。
 それを見ていたバルンモさんは、モリビンに、魔術師なら吹雪をとめてほしいと頼んだ。
「そんな大きな魔術はムリですよ。失敗したら、どうなることやら……」
 タックは、とめようとしたが、
「これ以上悪い事態にはならないよ」
 モリビンはやけくそになって、大声で呪文を唱えはじめた。
「フジャラカボンタンバカランポ……。」
 すると……なんと吹雪はピタリとやんでしまった!
 空で待機していた飛行船がもどって来て、救助隊員が縄バシゴを使い、ミルカを無事救出した。
 そして、喜ぶメムルさんとバルンモさんも乗せて、病院へ向かって飛び去っていった。

 これでひと安心した……のは、ほんのつかのま。何だかどんどん暑くなってくる。
 太陽がジリジリと照りつけ、一気に真夏の陽気になってしまった。
「やだ。あたし、水になっちゃう!」
 崖の下のルンナは、太陽にあぶられ体が溶けだしていることに気がついた。
「ど、どうしたらいいんだ……。」
 崖下をのぞきこんでいたタックは、あせりから足をバンバン溶けはじめた雪に打ちつけた。こういうのを地団駄を踏むという。
 するとトナカイの足がツルッとすべって、タックはひっくり返りそうになった。あわててバランスをとろうとすると、そのままクルッと一回転し、空中に浮いたまま静止する。
「ぼく、タック君に、鳥じゃなくて、空飛ぶ動物にする魔術をかけちゃったみたい。それ、サンタのトナカイだ!」
 モリビンは嬉しそうにいったが、今さら飛ぶことが出来ると分かっても遅すぎる。

●オッケナドゥ先生登場
「偉い魔術師の先生を呼べないかな。そしたら、何とかなると思うんだけど」
 タックは、ダメで元々と思いながらモリビンに提案した。
「先生なら元にもどせるさ。でも、ぼくの魔術じゃ連絡出来ないよ……」
 途方にくれた様子のモリビンだったが、急に顔を輝かせ、魔術師に連絡する機械なら作れるといった。
 モリビンは、ミルカの家にある材料で機械を作ると、トナカイ・タックの背に乗って、ルンナのいる崖下に舞い降りた。
「そんなんで魔術師の先生を呼べるの?」
 ピンク色の液体から声がした。今や完全に溶けてしまったルンナだ。液体に二つの目がプカプカ浮いている。液体だから、蒸発してしまう恐れがあるので気が気ではない。
「大丈夫。ぼくは魔術はダメでも、機械作りには自信があるんだ。これは魔術電波無線機といって、どんな遠くにいる魔術師にも連絡出来るものさ」
 モリビンは、呪文を唱える時とは打って変わって自信ありげだ。
 機械というのは、トランジスタラジオに針金がハリネズミのように突き刺さっているヘンチクリンなしろものだ。
 モリビンがラジオのスイッチを入れると、針金がブルブル振動した。すると、しばらくして……。
「こらあ、モリビン!」
 お腹の中まで震えるような野太い大音声が響いたかと思うと、背が二メートルもあるヒゲヅラの男の人がいきなり出現した。
「オッケナドゥ先生! よりによって一番こわい先生が……脱走してゴメンナサイ」
 モリビンは、先生の前で土下座した。
「お前は、ムチ打ち百回、針つつき千本、くすぐりコチョコチョ六千回の刑だ!」
「ひえ~~~!」
「……それが嫌なら、魔術機械の技師になれ。魔術師より、技師のほうが向いているようだ。ご両親はわたしが説得するよ」
 優しい声になってオッケナドゥはいった。
「あ、あ、ありがとうございます!」
 飛び上がってモリビンは喜んだ。
「さて……なんだか暑いな。お前のせいか。すべて元にもどそう。♯♭♪○△♯……」
 さすが魔術学校の先生の呪文は、モリビンのとは違って、言葉では書き移せない。
 ギンギラしていた太陽は急に力を弱め、あたりは寒くなった。普通の冬にもどったのだ。
 そして、ルンナとタックの体も元どおりになり、いつのまにか崖の上に移動していた。
「さよなら。迷惑かけてゴメンネ。」
「生徒がおかけした迷惑のお詫びに、オドロン村の人たちが、この冬風邪をひかぬよう魔術をかけておきましたぞ。さらばじゃ」
 空のかなたから、モリビンとオッケナドゥの言葉が響いてきた。

「なんか、ちょっと残念ね。」
 つまならそうに、ルンナがつぶやく。
「どうして?」
「だって、モリビンが一人前の魔術師になったら、色々頼めたのにさ。お菓子をいっぱい出してもらうとか、美人にしてもらうとか、スタイルよくしてもらうとか……」
 ふとルンナは口をつぐんだ。頬に冷たいものがあたったからだ。タックと顔を見あわせ、同時に空を見上げた。
 今度は魔術のせいではなく、自然に雪が降ってきた。                                   (おわり)

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