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手をつなぐ 兄編

子供たちが電車好きで、家族4人で電車に乗って出かけることが多かった日々の出来事。兄弟の兄が小学校に入り、初めての夏休みだった。

大きな公園で半日思いっきり遊び、未就学児だった弟はくたびれて歩かなくなってしまい、持参したベビーカーに乗せた状態で電車に乗って帰ることにした。

この日初めてではなく、数回は来ている駅だった。一部ではあるのだが、電車とホームの間に隙間が出来ることは知っていて、その部分を避けて乗り込もうということにした。が、それでも今思えば、通常よりはかなり開いていていたのだと思う。

兄に「足元よく見てね」と声をかけながら、弟が乗っているベビーカー(子どもの体重プラス荷物もあり、重い)を私と夫が二人で挟み込み持ち上げ乗り込もうとした瞬間、目の前の兄がすとんと視界から消えた。

えっ………

落ちた??!


私は急いでベビーカーをホーム中央に移動させ固定し、大声で

「ホームに子どもが落ちました!電車を止めてください!」

と叫びまくった。

夫はホームと電車の隙間に潜り込んで、兄を助けに行った。

呼べど叫べど駅員さんが来ず、見かねた乗客の方々が電車から降りて手伝ってくださり、隙間から兄を引きずり上げた。兄はわあわあ泣いていたが、見たところ顎の下を少し切ったくらいの傷。意識はちゃんとしていて「下、よく見なかった、ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返した。大丈夫、大丈夫、もう大丈夫とタオルを傷口にあてて抱きしめた。ベビーカーの弟も「落ちゃったー、死んじゃうー」と号泣。大丈夫、怖かったね、もう大丈夫とベビーカーごと抱き合う私と子供たち。

今度は夫が、上半身がホームと電車の隙間に挟まって身動きとれなくなってしまった。降りるときは無我夢中だったので通り抜けられたのだが、上がろうとしても動けない。よくもまあこんな狭い隙間に大きな男性が潜り込めたものだ、という感じだった。

たくさんの親切な方々がホームから電車を押してくださり、車体が傾いて隙間が生じ、夫はホームから這い上がることが出来た。その時の乗客の方々、電車が遅れたにも関わらず手を貸してくださり、感謝しかありません。

ありがとうございます、ありがとうございます、すみませんでした、ありがとうございました、と家族で乗客の方々に何度も頭を下げた。そして涙と汗と血だらけの私たち家族だけがホームに残された。

血は、兄の顎の傷からで、電車が去った時点では止まっていた。助け出したときや抱きしめていた時の返り血で、さらに夫は着ていたTシャツが裂けていた。上半身が挟まったときに破れたのだろう。

「あのー、救急車とか呼びますか?」

と恐る恐る声をかけてきた駅員さんに、

「血は止まってるので、家の近くの病院に自分たちで行きます。ご迷惑おかけしました」

とこたえて、子どもたちが落ち着いた頃合いを見て、電車に乗った。ギョッとする乗客の方々。当然です、血だらけファミリー…驚かせて申し訳ないです…。


救急で診ていただいた病院の先生、看護師さんに

「お母さん、自力で来ちゃだめ。その場で救急車を呼びなさい」と

怒られ(素人が見た目で判断できない症状があるかもしれない。落ちた時にどこを打っているかわからないのだし…反省します…)兄はやさしい看護師さんと妖怪ウォッチの話をしながら先生に傷を縫ってもらった。念のためにとレントゲンを撮ったり、全身を診てもらい、何か急変することあればすぐに来てと言われて家路についた。

ぐったりと倒れこむ大人と、プラレールで遊び始める子どもたち。

兄は

「本当にごめんね。今度からちゃんと下を見て乗るようにするから」と

言いながら眠りについた。

私が手をつないで乗り込めばよかった、ベビーカーのほうに神経がいってしまい、小学生だし、電車には乗り慣れているから、口で注意すれば平気だろうと思っていた自分がいけなかったと涙があふれた。そして、もしかしたらもっと取り返しがつかないような大きな怪我になっていたかもしれないと恐ろしくなった。あの時電車が動き出してしまったら…だとか。

これをきっかけに兄は電車に乗ることが怖くなってしまうかもね、と夫と話していたが、そんなことは全くなかった。しばらくの間は、乗り込むときに夫か私に「手をつないで」というようになった。こちらからも必死に「手!手!」と声かけして手をつないだ。いつの間にか、乗り降りの時に手はつながなくなった。ついこの間までつないでいたのに。

家族と出かける時もひとりの時も、ホームと電車の隙間がちょっと広く開いていると、あの恐ろしかった光景がよみがえり、小心者の私は身震いしてしまう。誰も落ちませんように。この隙間が、ホーム工事やホームドア設置などで今より安全になりますようにと念じている。




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