歯ブラシと体温計

子育てをしていて、まさかそんなことをするとは思わなかった!的な予想外のハプニングに慣れることがない。成長に伴いその頻度は減ってはきているが、うちの二人が男子だというのもあってか、やはり時々それは起こる。

兄弟の兄が4歳の寝る前に起きた出来事だ。

私と夫は弟(当時1歳)の歯磨きをしていた。赤ちゃんなので歯磨きに思いっきり抵抗し動こうとするので、私が上半身を抑えて磨き、夫が下半身を抑え込んでいた。

兄の方は我々の近くで自分で歯磨きをしていた。と、突然、

「今日幼稚園の体操の時間にでんぐり返しを習ったんだよねー。見て、見て、こんな感じー」

と言って、歯ブラシを口に入れたまま、ぐるんとその場で前転したのだ。

ぎゃああーーー!と兄の叫び声があがり、私は一瞬何が起こったのかも理解できなかった。夫と二人で泣きわめく兄に駆け寄り、抱きしめ、さすり、夫が抱えて洗面所に連れて行って、「お口の中のもの、ペッして」と言ったら鮮血がちょっと出た。落ち着かせて、うがいをさせて、懐中電灯で喉の方を照らすのだけど、よく見えない。泣きはらした目で「眠い、寝る」というので川の字で寝た。

夜中に泣いて起き「痛い」と訴える。きっとどこかに傷があるのだろうと夫と話し、うがいをさせてみるが、もう血は出ない。眠い、痛いを繰り返しながら起きては寝て、泣いて起きてを繰り返した。

心配で心配で、#7119に電話して状況を話したところ、「耳鼻咽喉科」と「脳外科」「小児科」の医師がいる救急に行くのがベストと言われ探してくれたが、その全てを満たした救急がなく、朝になったら一番にかかりつけの歯科に電話してみようと夫と決める。今はとにかく眠れているし。

開院時間の前の電話にもすぐ出てくれた歯科医の先生、「すぐ連れていらっしゃい」と言ってくださった。本人はまあまあの元気さで(寝不足ではある)「なんで歯医者さんに行くのさ、歯は痛くないよ」と言っている。

先生が喉の奥を診て「ほんのちょこっと、これが歯ブラシで突いちゃった傷かなぁ、っていうのはある。たぶん大丈夫だと思うけど、念のため、大きい病院で診てもらおうか。その方が安心でしょ、お母さん」と、うちから一番近い、大きな総合病院の口腔外科に電話し、紹介状を書いてくれた。「口に入れていた歯ブラシも持って行ってね」と先生に言われ、?という気分で総合病院に向かう。

大きな病院で、予約外に診てもらうことになるので、待つ。待つ。待つ。軽い問診のあとレントゲン撮影。診察になるまでまだ当分かかるのだが、院内から出ないで待機、その間に飲食はいっさい禁止です、と言われる。過去、このように喉をついてしまったお子さんで、その喉の傷の中に突いたもの(割りばし)の先端部が入り込んでしまい、数時間経過した後に急変した例があるため、そしてそのような際は緊急手術になるので、飲食させないでください、と言われた。

時刻は12時近く。「お腹空いた」とぐすぐす泣くので、もう少し、もうちょっとで呼ばれるよ、と励ます。ようやく呼ばれたー!と診察室に笑顔で入っていった子と私には、4,5人の口腔外科の先生たちによるお説教タイムが待っていた………。

まずは子どもに。

「いいかい?歯磨きをしているとき、ぜったいにふざけちゃいけないよ。痛かったよね?こわかったよね?先生と約束できる?」

「できる」

「うん、じゃあもう行っていいよ。あそこで待っててね」

「お母さん、今回は喉に少し傷ができただけで済みました。レントゲンでみても、何か異物があるような感じはありません。そして歯ブラシも、欠けたりはしていませんし、大丈夫だとは思います。が、念のため、今日一日はよく様子を観察して、少しでもおかしいと思ったら連絡してください。で、ね、なんで歯磨きの時、目を離したんですか?」

「すみません、下の子の仕上げ磨きにかかりっきりになっていて、上の子からは目を離していました」

「それは言い訳です、目は離しちゃちゃいけないんです、小さい子の歯磨きは。こういう事故、すごくあるんですよ」

「すみません、まさか、歯ブラシ咥えてでんぐり返しするとは夢にも思わず…」

「するんです、子どもは。何が危険かわかってないんです、だから見てなきゃいけません。それとこの歯ブラシ!なんでこんな毛先が開いたのを使っているんですか!意味ないですよ、これ。ぜんぜん磨けてませんよ!」

4、5人の歯科の先生たちに囲まれて、毛先がブワッってなっちゃった歯ブラシを目の前で突き付けられ、腹ペコで、昨日は寝てなくて、意識が朦朧としてきた。私が悪かった。それは真実。そしてこの歯ブラシは酷すぎる。いつも毛先が開くと換えていたのに、よりによってなぜこの状態のでやっちゃったのか……。

先生方もお昼前でお腹ペコペコだったはず、そして滾々とお説教してくれてくたびれたはず。息子を診てくださってありがとうございます。猛反省して先生方、看護師さんに御礼を伝えて口腔外科を後にした。帰宅し、かかりつけ歯医者さんにも報告し、「何もなくてよかったね」と言ってもらえた。

このエピソードを人に話すと「えーー!怖い、信じられないことするね」と言われるが、かくゆう私も小さいころに水銀の体温計を口に咥えて割ってしまったという前科がある。『キャンディキャンディ』のアニメを観て、看護シーンで体温計を口に咥える患者さんたちが出てきたのだけれど、「外国はこうやって口で熱を測るのか」(私は脇の下に挟むのしかやったことがない)と思い、自分で試してみたくなったのである。側にいた父が私を抱えて流しにつれていき、口の中のもの出しなさい、って言ったのを憶えている。割れちゃった体温計、水銀ってこんな風に小さく丸まるのだなぁと思った。

なんでそんなことしたの!の背景には、きっと、そこには何かしらの理由があったのだ。うちの子は習いたての技を両親に披露したかったのだと思う。そこに危険があるかどうかの判断は、小さな子どもには難しいだろう。口腔外科の先生方のおっしゃった「目を離さないで」はよくわかる。その通りだと思うし、心に留めておかなくてはならないことだ。

歯ブラシでんぐり返し事件以来、我が家は子どもの歯磨きタイムにルールが出来た。「その場で動かないで磨く」「ふざけない」「お母さんの見えるところで磨く」 あれから何年も経ち、私が監視する必要もないくらいに二人は大きくなった。歯ブラシの毛先にはかなり敏感になり、少しでも開くと新しくするように気を付けている。











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