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【小説】怪獣専門誌の編集部が巨翼と邂逅する話③大東公出版・書籍第二部・後

東宝三大怪獣が実在する世界。ラドンを追うことに情熱を燃やす女性ライターと、出版社のお荷物・怪獣専門誌編集部によるドタバタお仕事物語

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大東公出版・怪獣専門誌担当・書籍第二部②

 そのころ、パーテーションで区切られた書籍第二部の編集フロアでは、企画会議の準備を終えた千若と、スーパー銭湯から帰ってきた●●が会議が始まる時間を待っていた。

「そう言えば、今度の旅行ムックって、なんでチワちゃんたちがやることになったの? ちゃんと売れそうな本は雑誌部の仕事なんでしょ?」

 いやウチの本もちゃんと売るつもりで作ってますけど? 千若は言い返したかったが、●●が冗談で付け足したのがわかっているので、話の腰を折るのもなんだと本題を続ける。

「●●さん、このムックの元になった月刊誌の記事って読んだことあります?」
「うん、記事書く参考にいちばん新しい号のを読んだ」
「それよりちょっと前の号でですね……」

 千若は、飛倉のデスクに積まれている雑誌の束から、二ヶ月前に出たその月刊誌を引っ張り出した。復興旅行記事を開いて●●に渡す。そのページには開き癖がついていたから、載っている場所を探すのに苦労はしなかった。

「その記事の、この部分……ここの書き方に、うちの編集長、すごく怒ってて。それでほかの編集部には任せられないと思ったんじゃないですか?」

 千若が指差した本文の一箇所に、明るい旅行記事のなかでは違和感を覚える、剣呑なある単語が踊っていた。災害から復興しつつある被災地。当地の人々の努力を想うなら、また、彼らに直接取材をして話を聞いた人が書いたのなら、使うのをためらうような棘のある単語がひとつだけあった。

 鈍感な人ならそのまま読み飛ばしてしまう程度の小さな違和感。だが一度でも気になると、記事を作った人物が、数ある言葉のなかから敢えてその単語を選んだようにしか思えなくなる、そんな文章だった。


 飛倉を怒らせたこの出来事の遠因は、大東公出版の歴史を紐解くと見えてくる。

 その設立は古く、大正時代。山手線の運行が始まり、ヨーロッパでは後の独裁者が自伝を発表、ファシズムが台頭する歴史の流れに一段と拍車がかかった一九二五年に、この出版社は産声を上げた。

 時代が進むと我が国は太平洋戦争に向けて突き進んでいくことになるわけだが、戦前と戦後を比べると、大東公出版が最も利益に意地汚かったのはむしろ戦前であった。売りまくれ、利益を上げろ、大衆に受ける雑誌を作れ――。結果として大東公出版は、開戦やむなしの世論に迎合した。

 太平洋戦争が終結し、空襲の焼け野原から再出発した当時の編集者たちの胸には、戦禍を招いた世論形成の一翼を担ってしまった後悔の念が深く刻まれた。この過ちは繰り返しません。その想いが受け継がれるうち、利益度外視で自由な言説を発信するための部署が作られた一方で、いつしか「権力を常に疑う視点を忘れるな」という姿勢もまた社是となっていった。

 戦後の大東公出版も企業である以上、利益を上げなければならない。社内のメインストリームとなったのは売れる定期誌の編集部だ。それだけに、権力監視を是とする信念が強い上層部からの、有形無形のプレッシャーに最も強く曝されるのも、相模が率いる雑誌第一部なのであった。

 締め切りに追われ自分の時間も充分には持てない多忙なスケジュールのなかでそんなプレッシャーを受け止めながら雑誌を作っているから、ごく一部の編集者とライターに、行政のやることなす事ひとまずすべて批判しておけとの安直な姿勢で取り組む者が出てくるのは必然かも知れなかった。

 万が一彼らが、行政主導で復興を遂げつつある被災地について書くことになったら?

 たとえそれが前向きにその地を紹介する文脈だったとしても、その怠惰な批判精神はどこかで表現に滲み出て、誰かを傷つけることになる。

 飛倉は問題の記事の、たったひとつの単語の使い方から、それを敏感に嗅ぎとったのだった。

「ふーん、それで他所の企画をぶんどってきたと。編集長ってそんなに熱い人だったっけ?」
「意外ですよね。ウチの編集長、仕事にそんな熱心じゃないのに、変にこだわりがあったりして。ときどきついていけないですよ。悪い人じゃないんですけどね」
「私もてっきり窓際に追いやられて枯れたオジサンかと」
「付き合わされる僕の身にもなってくださいよ。こんなところでいくら頑張ってもなんの評価にもならないんですから……」
「そお? 編集長はチワちゃん買ってるみたいに見えるけど」
「そうですかぁ? いまだに『新人くん』呼ばわりだしそれはないでしょう?」
「照れてるんじゃないの? オジサンにはよくあることだし!」
「オジサンがなんだって?」
「わーッ! 編集長! いたんですか⁉︎」
「今戻ったところだ。それよりふたり揃って何を油売ってんだ? 企画会議だ。志治枝サン待たせると怖いぞ」

 時計を見ると会議の予定時間まであと二分に迫っていた。千若と●●は刷り出したままになっていた資料を慌ててプリンターから回収し、予約していた社内の会議室へ向かった。


次の話につづく↓

※この物語はフィクションです。登場する人物・企業・出来事は、実在する如何なるものとも無関係です。

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特撮怪獣映画『ゴジラ』(1954)でヒットを飛ばした東宝が、1956年に公開した『空の大怪獣ラドン』。いいですよね『空の大怪獣ラドン』。2年後、2026年には70周年です。

この小説は、本作のファンサークル「ラドン温泉」が2022年冬のコミックマーケットC101で頒布した合同誌に収録されたものです。ラドン70周年を盛り上げるべく、加筆修正して公開します。

元ネタは友人のキミコさんによる短編の世界観です↓

元ネタ(聖典)↓

https://filmarks.com/movies/37782

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