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長編詩「体が僕を眠らせないなら」

 

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    第二十八回新風舎出版賞大賞受賞

 

 あの日の神戸に
 いなかった僕を
 あの日の神戸につれていくための物語
 



 はじめに

 あの地震の時
 瓦礫の下に両親がいるのに
 何故か
 声が出なくて
 救助の人に言えないで
 担架に乗ってしまった
 自動販売機の下で
 確かに
 母親が動いていた
 僕は助かり
 親は二人とも亡くなった
 それから人生の意味が分からなくなった
 それまで何を糧にして生きてきたのかも
 貝が
 殻に身を縮ませるように
 何も感じなくなってしまって
 口を開けて
 一日が
 通り過ぎるのを白い病室で毎日見ていた
 精神科で
 寝起きしていた
 罪悪感も
 向上心もなく
 楽しくも
 悲しくもなかった
 枕元に時計があるように
 手を伸ばせば死があった
 富川先生は
 薬もあまりくれなかったし
 診察してくれたというより
 僕と一緒に口を開けて
 呆けてくれた
「何もせんでええねん。
 ただ、そっから花壇でも眺めてたらええ」
 僕があの地震以来
 初めて怒れた時も
 それを待っていたのだというように
 顔をしわくちゃにして喜んでくれた
「やっと思い出したか!
 それが生きとるちゅうこっちゃ。
 もう忘れるんやないで!」
 この人は恩人になった
 この人は辛抱強い人だった
 この人には
 どんな病気も何とかなるという
 楽観的な信念があった
 この人がいなかったら
 僕はまだ
 瓦礫の中にいる
 
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