日常が遠い

ここ1週間、寝ようとして横になると息が詰まる。喉に蓋がかかったようだ。鼻でゆっくり呼吸を整えて、ようやく入眠しそうになった瞬間に”ふんがっ”となって目が覚める。深呼吸すれば問題ないから、肺が機能していないことによる呼吸苦ではないのは理屈ではわかっているのだが、なかなかの恐怖体験である。

医者の診断を受けたわけではないが、こういう風邪でも何でもないのに喉に何か詰まった感覚というのは、咽喉頭異常感症とかヒステリーボールとか、梅核気とか言うらしく、要はストレスによるものだ。息が苦しいとか、ほかにも胸が痛いとか、咳が出るとか、新型コロナウイルスで出る症状はだいたいストレスでも引き起こされるようだ。ネット上にはこうした症状による悩みが多数観測される。

私の場合は、合唱で培った腹式呼吸で気を落ち着かせ、白湯を飲んで、なんとか眠る、といった感じでしのいでいる。ここ岩手は、ついに感染者が確認されていない唯一の県となった。それが逆にストレスだ。感染者が叩かれるのを46都道府県分見てきたから。

世界を取り巻くコロナ禍は、いつまで続くのだろうか。日常がすっかり遠くなってしまった気がする。私自身も甘く見ていたように思う。1週間前、1月前、2月前、どの瞬間を思い出しても、いまより楽観的だ。だから、いま何を考えているのか――あの時何を考えていたのか――、しっかり記録しておいたほうがいいな、と思って(こうした生活の記録をすることがnoteを始めた一つの理由だったが)、キーボードを叩いている。

振り返ると、春節が始まる頃に仕事で北海道に出張した。春節を強く意識していたわけではなかったが、レンタカーを借りたときに「春節なので空港のお店が混むかもしれません。余裕をもって返却してください」と言われた。つまりはこの時、春節だから外国人が来る、くらいの認識はあったのだなと思う。

2月15日、茨城で指揮者として合唱の指導をした。3月1日に予定していた音楽祭前の最後の練習だった。手の洗い方の話とか、くしゃみするときは口を抑えようとか、そういう話はした気がするけど、まさか本番がなくなってしまうとは思わなかった。2月20日、音楽祭の中止が決まった。

2月16日には水戸芸術館で合唱セミナーがあったので参加した。講師は合唱界ではレジェンド的存在の田中信昭先生で、講習曲はベートーヴェンの第九とあって、多数の参加者があった。諸注意の中に咳エチケットに関するような話題があったような気がするが、この時は三つの密なんて言葉も、ソーシャルディスタンスとかいうフレーズもなかったし、せっかくの講習会だからむしろ空席を詰めて、とまで言われた。

2月17日に始まる週から、少し社会の空気が変わってきた。1月下旬から対策本部を設置していた私の勤め先は、公共交通機関を使った出張を禁じた。普段なら新幹線とレンタカーを乗り継いでいくような場所に、社用車での出張を命じられた。その後、多くの会議や出張が中止になっていった。

それでもその週末は3連休だったし、もともと旅行の予定を入れていたから、出かけた。少し警戒はしたけど、外出、移動がウイルスを運ぶような、そんな言われ方はしていなかったように思う。

2月25日、Jリーグが3月15日までの試合の延期を決めた。J1、J2は始まっていたけど、いわてグルージャ盛岡がいるJ3は開幕すらしていなかった。

3月4日、私が盛岡で加入している合唱団の練習日。少し距離をとろう、といつもより椅子と椅子の間を離した。その日の役員会で、3月いっぱいの練習を中止にすることが決まった。6月に2年に一度の定期演奏会を控えていたから、それは重い決断だった。

合唱団の練習がなくなってしまったけど、演奏会の実行委員会をやったのが3月14日。基本的にはやる方向での議論だったが、中止にするならどのタイミングで、どんな条件かとか、やるならどのような対策をとるかとか、そういう話もした。開催の意思決定は規約に沿って役員会に委ねた。

3月25日、私も参加する予定だった大型連休中の合唱の祭典、Tokyo Cantat 2020の中止が決まった。岐阜で合唱団のクラスター(感染者の集団)が確認されたのが3月26日。そして、3月28日、わが合唱団は5月までの練習の中止を決め、6月の演奏会を約1年延期することを決めた。

4月、私の週末の予定は真っ白になった。


日常が遠い。どこでどうすればこうならなかったのか、よくわからない。

私は、政府は外出自粛を求めるなら軍資金としてお金を配るべきだと思っているし、相互監視、同調圧力による”自粛”なんてくそくらえと思っているけれど、今は日常を取り戻すためにとりあえずいろいろなことを我慢している。それでも、われわれは生活者として政府の仕打ちに怒っていいと思っているし、怒らなければいけないと思う。でないと日常は取り戻せないのではないだろうか。

生活者よ、怒れ。


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