夜空_画像11

Aセク入門(2)Ace:スペクトラム

 こんばんは。夜のそらです。引き続き、AVENのFAQの【定義】を解説しながら、Aセクの入門を続けていきます。解説するAVENのページはこちらです。


 この【定義】は15の言葉についての定義を紹介していますが、この投稿で解説するのは、「スペクトラム(Spectrum)」「グレィAセクシュアル(Grey-A)」「デミセクシュアル(Demisexual)」「Ace」「Aceアンブレラ」の5つです。
 さて、前回の解説記事では、Aセクシュアルの反対の言葉としてAlloセクシュアル(=Zセク)という言葉があることを紹介しました。これらは、0と1の関係、もしくは白色と黒色のあいだの、正反対の関係として理解できます。(↓↓前回の記事を読んでない方は、まずはお読みください)

 ところで、0と1のあいだには、 0.3 や 0.57 などの数字が、無数に隠れていますよね。同じように、白と黒の間にも、灰色(グレー)の領域が多彩に広がっています。
 そんな風にして、AセクシュアルとAlloセクシュアルの間にも「グレー」の中間領域が広がっています。
 そこには、はっきりと0(白)であるわけでも、はっきりと1(黒)であるわけでもない中間の領域が、グラデーションを描くように広がっているのです。この中間領域をふくむ仕方で、0~1の間の領域全体を考える考え方を、スペクトラム(連続体)と呼びます。

♠スペクトラム

スペクトラム
Aセクシュアルからセクシュアル(=Alloセク)までのあいだに広がる、セクシュアリティの強度の幅(分布)。「Aセクシュアルスペクトラム」という言葉は、Aセクシュアル側に近い方の分布を指すために用いられることがある。セクシュアリティのレベルが低いために、他のセクシュアルアイデンティティよりもAセクシュアリティの側にアイデンティティを感じている人が、そこに当てはまる。

 前回の解説で見たように、Aセクの人は誰からも性的な魅力を感じず、Alloセク(Zセク)の人は誰かに性的な魅力を感じます。
 でも、そんなにどちらか一方だけに割り切れない、という人もいます。

 上の定義にもあるように、性的な魅力や欲求を抱くことはあるけれども、極めてそれが弱いとか、もしくは、人生のなかで殆どそうした魅力を感じることがないとか、そういった人たちは、性のアイデンティティに悩むことがあり、自分のことを「Aセク寄り」だと感じることがあります。

 それでいいのです。Aセクとははっきり言いきれないけれど、Alloセクとして自分をアイデンティファイ(自己同一化)することには違和感がある。どちらかと言えば、自分はAセクに近い気がする……。それでいいのです。

 そうした人たちは、A と Z のあいだの「スペクトラム」の上にいる。そのように考えることができます。A と Z のあいだには、グラデーションが広がっていて、その連続した広がりのなか(の A 寄り)にいるのです。

 こうした「スペクトラム(連続体)」の考え方は、Aセクのコミュニティに集った当事者たちが、自分たちの経験を言葉にするなかで生まれた、とてもとても大切な考え方です。

 この「スペクトラム」の考えをベースにすることで、私たちは新しい性のアイデンティティを認識できるようになりました。
 それが、「グレィAセクシュアル」です。

♠グレィAセクシュアル

グレィAセクシュアル(グレイA)もしくはグレィセクシュアル
Aセクシュアリティとセクシュアリティのあいだの中間領域に自らのアイデンティティを置いている人。(もしくはそうした人を指す形容詞)。例えばグレィAの人は、ある特定の状況下においてのみ、ごく稀に性的な魅力を経験するかもしれないし、もしくは、無視できるうえに関係性にとって必要でないほどに弱い強さの、性的な魅力を経験するかもしれない。(注意:グレィの綴り(gray/greyは、地域ごとに異なることがある)

 グレィAセクシュアルの人は、A と Z のあいだのスペクトラムの上のどこか(そのなかでも どちらかと言えばA 寄り)に位置しています。

 上の定義にあるように、例えばグレィAセクシュアル には、性的な魅力を経験するときの欲求の強さがとても低く、Aセクの人と同じようにセックスに重きを置いた関係性を結びたいと考えない人が含まれます。
 あるいは、ある特定の条件を満たさない限り、誰からも性的な魅力を経験することがないため、実際のところ誰かに性的に惹かれることが殆どない、そうした人もグレィA セクシュアルとなります。
(ちなみにグレィAは、Grey(A)とかGrayaceとかGraceとか、様々に表記されます)

 そうしたグレィAセクシュアルのなかで最も有名なのが、デミセクシュアルです。

♠デミセクシュアル

デミセクシュアル
心の結びつきが生まれた後でないと、性的な魅力や性的な欲求を経験することのない人。(もしくはそのような人を指す形容詞)。これは、何らかの基準が満たされるまではセックスをしないようにしよう、と選択することとは違う。

 デミセクシュアルは、グレィAセクシュアルの一つです。
 デミセクシュアルの人は、強い心の結びつきが生まれて初めて、その人に性的な魅力を感じるのです。
 え、それって当たり前じゃない?? と、もしかすると思われるかもしれません。では、次のように説明すれば、どうでしょうか。

 例えばデミセクシュアルの人は、よく知らない相手や、知っていても心の結びつきが弱い人に対しては、まったく性的に惹かれません。
 日本語には、「性的なまなざしで見る」という言葉があります。相手の体つきや顔立ち、雰囲気などに惹かれて、その人のことを自分にとっての性的な対象として(頭の中で)扱う、ということだと思います。
 デミセクシュアルの人は、ほとんどそうした経験をしません。たとえば道行く知らない人に対して「セクシー」だと感じることはありません。雑誌やテレビに出ている芸能人について、「誰がセクシーだと思う?」と聞かれても、ましてや「誰とやりたい?」と聞かれても、答えを持ちません。
 誰かを性的な対象として扱うこと、つまり自分がかかわる性的な交渉(性行為)の候補として誰かを扱うということは、私たちの社会で広く行われていることです。それは、その相手が見ず知らずの相手だろうと、ところかまわず行われています。
(※ここにはジェンダーの非対称性もあります。男性が女性を「性的な対象として扱う」ことの方が世の中では支配的であり、それは女性の人格を低く見積もるハラスメントにつきものです。とはいえもちろん、女性が男性を「性的なまなざしで見る」ということも、事実としてあるでしょう。)
 他方でデミセクシュアルの人にとっては、そうした評価の実践は「よく分からない」ものです。
 デミセクシュアルの人にとって、性的な行為(セックス)は、強い精神的な結びつきや信頼関係のうえで初めて成り立つコミュニケーションです。つまりそれは、親しさの延長線上にあり、またその延長線上にのみあるものです。ですから、見知らぬ相手に対して性的な関心を持ったり、親しくもない人を性的な目で見てしまう、という経験はデミセクシュアルの人にはありません。
 そういうわけで、デミセクシュアルの人は、グレィAセクシュアルの一員となります。世の性愛者たちは、上で見たような「性的な目で見る」という実践に自然に馴染んでいきますが、デミセクの人にとっては、それはとても「よそよそしい」実践として経験されるからです。

 繰り返しますが、デミセクシュアルの人は、誰からも性的な魅力を感じないわけではありません。深い心の結びつきの延長線上で、特定の人に性的に惹かれることがあります。ですからデミセクシュアルは、スペクトラムの端っこ(0の側)に位置するAセクシュアルとは違っています。
 しかし世の中の多くの性愛者たち(Allo=Z セクシュアル)とも違っていて、デミセクの人の経験には、Aセクに近いものがあります。
 これが、Aセクシュアルスペクトラムのうえに位置する、デミセクシュアルという性的指向です。

―――――♠―――♠―――

 これまで、AセクとAlloセク(=Zセク)のあいだに広がるスペクトラムと、その上に位置するグレィAセクシュアル、そしてそのグレィAセクシュアルの1つであるデミセクシュアルについて、解説してきました。

 こうした言葉や、性的指向は、Aセクシュアルのコミュニティと深い関係にあります。むしろAセクシュアルのコミュニティは、そうした中間領域にあるさまざまなセクシュアリティの人たちと、共に歩んできました。

 誰かと性的な行為をすることが、人間にとってすごく価値のあることだとされている社会のなかで、そして、誰かと性的なことをしたいと思わない人間が「壊れている」かのように扱われる社会のなかで、Aセクシュアルの人とグレィAセクシュアルの人は、多くの似通った経験をします。

 Aセクシュアルの人と、グレィAセクシュアルの人は、社会のなかで当たり前のように想定されている「性愛者(Allo=Z セクシュアル)」ではないという大きな共通点があり、それゆえ、ともに手を取り合ってコミュニティを作ってきたのです。
 こうしたなかで生まれたのが、「Aセクシュアルアンブレラ」という考え方です。

♠Aセクシュアルアンブレラ

Aセクシュアルアンブレラ:
Aセクシュアリティ、およびデミセクシュアリティやグレィAセクシュアリティなどの、Aセクシュアリティに近いアイデンティティ。これらは、広いコミュニティのなかで密接に結びついている。

 「アンブレラ」とは、傘のことです。そして「傘」という漢字もまたそうであるように、この「アンブレラ」は、いろいろな人がその下にすっぽり入っている、ということを指しています。

 「Aセクシュアルアンブレラ」は、先ほど解説した「Aセクシュアルスペクトラム」のうえに位置するすべての人、そしてAセクシュアルの人をすっぽり包み込む、そうした包摂の精神を指しています。

 なぜ「スペクトラム」だけでなく「アンブレラ」という言葉が生まれたのか。それは、Aセクシュアルの人とグレィAセクシュアルの人が、ともに同じコミュニティを形成している仲間だからです。
 傘で包み込むのが「包摂」ならば、その反対は「排除」です。
 つまりAセクシュアルのコミュニティは、いわゆる「性愛者」ではない人ならば、共に手を取り合っていこう、誰も排除しないようにしよう、誰の経験も否定されないようにしよう、そうした「包摂」の考え方を大切にしてきたのですね。

 そんなコミュニティの一員であることを言い表すための、ひとつの言葉があります。「Ace」です。

♠Ace(エース)

Ace:
Aセクシュアルの人、およびAセクシュアルのアンブレラの下にある人を指すためのくだけたラベル。

「Ace」は、「エース」と読みます。トランプのエースと同じ発音です。「Ace」は、Aセクシュアルアンブレラの下にある人が、自分自身を言い表すための、ちょっとくだけた言い方です。「わたしはAce」という感じ。

 そしてこの「Ace」には、自分の性的指向を誇らしく思う、そういったセルフエンパワメントの考え方も流れています。「エースピッチャー」とか「エースストライカー」という日本語にもなっているように、「ace」には「一流の」とか「とびきり優秀な」といった意味があるからです。

 Aセクシュアルや、グレィAセクシュアルとして生きていると、ネガティブな経験をすることも多いです。いないことにされながら生活することになります。カミングアウトしても「病気じゃないの」と言われたりします。

 そんなネガティブな扱いを受けがちな当事者が、自分のセクシュアリティをポジティブに、誇らしく示す。それがAceという言葉です。
 いまでは、Aセクシュアルのコミュニティは「Aceコミュニティ」と呼ばれています。また「Aceフラッグ」という旗もあります。Aのスペクトラムの中にある人たちは、Aceのアンブレラに守られます。みんな誇りをもってAceを名乗りましょう。私たちは、一人ではありません。私たちは、自分たちの性の指向を誇りに思ってよいのです。

 以上で、今回の入門講座は終わりです。
 今回は、「スペクトラム」という考え方を紹介したあと、Aceコミュニティを共に作っているグレィAセクシュアル、そしてデミセクシュアルについて解説をしました。

 「わたしはAセクなのかな?」そんな風に悩んでいる人は、「グレィAセクシュアル」という中間領域にいちど自分を置いてみてはいかがでしょう。
 Aceコミュニティの傘(アンブレラ)が、あなたを温かく迎え入れてくれると思います。

 次回は、AVENFAQの【定義】解説の最終回です。「魅力(attraction)」にかかわるいくつかの言葉を、解説したいと思います。

◆ 今回解説したAVENの【定義】の原文は次の通りです。

Spectrum: A range of intensity of sexuality from asexual to sexual. People may use the term “asexual spectrum” to refer to a range close to the asexual end – levels of sexuality that are so low that they identify more with asexuality than other sexual identities.
Gray-asexual (gray-a) or gray-sexual: Someone who identifies with the area between asexuality and sexuality (or the adjective describing a person as such). For example, they may experience sexual attraction very rarely, only under specific circumstances, or of an intensity so low that is ignorable and not a necessity in relationships. (Note: the spelling of gray/grey may vary by country.)
Demisexual: Someone who can only experience sexual attraction or desire after an emotional bond has been formed (or the adjective describing a person as such). This is different from the choice to abstain from sex until certain criteria are met.
Asexual umbrella: Asexuality and identities similar to asexuality, like demisexuality or graysexuality that are closely connected in a broader community.
Ace: An informal label for asexuals or people under the asexual umbrella.