夜空_嘉造12

Aセク入門(3)「好き」を分節化する

 こんばんは。夜のそらです。この記事を書いているのは、2019年のAsexual Awareness Week第3日目です。皆さまいかがお過ごしでしょうか。
 これまで「Aセク入門」と題して、AVENの「About Asexuality」(Aセクシュアルとは?)という大項目の冒頭に位置する【定義】を2回に分けて解説してきました。
 連載第1回では、それらの言葉のうち、Aセクシュアルの定義に関わる言葉を翻訳&解説しました。こちらです。

続いて第2回では、「スペクトラム」に関わる言葉の翻訳と解説をして、Aceコミュニティを貫く包摂の精神についてお話ししました。

 この記事で、連載も最終回です。AVEN【定義】で示された15の言葉のうち、残っている「Attraction」「Aesthetic attraction」「Romantic attraction」「Sensual attraction」「Romantic orientation」「Queerplatonic relationship」について、解説していきます。

 さて、これから最終回でずっと話題にするのは「好き」についてです。

「好き」っていったい何でしょう。小学校や中学校、高校でしばしば友達に聞かれる「クラスで誰が一番好き?」という質問は、いったい何を答えたら正解だったのでしょう?
 顔がタイプの人のことでしょうか?一緒に買い物に行って楽しい人でしょうか?辛いことがあったとき、傍にいて欲しい人のことでしょうか?
 それとも、「付き合ってみたい」人のことでしょうか? いやいや、性的なこと(セックス)をしたい相手……?
 私たちの「好き」には、よく考えたらこんなにも沢山の「好き」がごたまぜになっています。そしてAセクシュアルのコミュニティは、この「好き」の気持ちを切り分けるのに熱心でした。以下で解説する言葉は、「好き」を分節化してきた、そうしたAceコミュニティの成果として、ぜひ理解してください。
 いつも通りですが、網掛けになっている太字の部分が、AVENからの引用(翻訳)です。(定義の翻訳だけ読みたい人は、目次からジャンプしてください。)

♠魅力

魅力:
人びとを互いに結び付ける、精神的な、もしくは感情的な力。これは、性的な魅力、恋愛的な魅力、美的な魅力、感性的な魅力など、いくつかのタイプに分けることができる。こうした魅力は、特定の人、特定のタイプの人々、あるいは一般的な個人的感情へと向かうことがある。Aセクシュアルの人は性的な魅力を経験しないが、それ以外のタイプの魅力を感じる人は、Aセクシュアルの人のなかにもいる。

 誰かに魅力を感じること、それは、その人に何らかの仕方で「惹かれる」ということです。英語ならば「魅力」はAttraction。そして「be attracted to ~(someone)」で、「誰かに惹かれている」となります。
 このとき、「魅力(Attraction)」は、日本語における「好き」とおおむね同じ意味を持っています。「誰かに魅力を感じること(惹かれること)」は、その人のことを「好きであること」と、だいたい同じことです。そのことを、まずはご理解ください。
 さて、上の【定義】では、この「魅力=好き」を、人と人を結び付ける力として説明しています。ちょっとかっこいいですね。
 でも、もっと大切なのは、その「魅力=好き」が、いくつかのタイプに分けられる、と述べられていることです。先ほど、私たちの「好き」には色々なものがごたまぜになっている、ということを書きました。AVENの【定義】も、そうした立場に立っています。
 上の【定義】では、その「好き=魅力」の分類として、性的な魅力、恋愛的な魅力、美的な魅力、感性的な魅力などを挙げています。以下ではまず、それぞれの言葉の解説をします。
 しかし、その前に、「性的な魅力(sexual attraction)」については、既に「Aセク入門(1)」でご紹介をしましたね。それは、まさにAsexualityを定義するための最も重要な概念でした。再び引用しておきます。

性的な魅力:
誰かほかの人と性的な接触を持ちたいという欲求。あるいは、その人とセクシュアリティを共にしたいという欲求。
(注意:性的な魅力は、相手の見た目に基づいている必要がない。それはまた、時間を経て次第に生まれてくることもある)

 Aセクシュアルは、一つの性的指向として、「誰からも性的な魅力を感じないこと」として定義されます。つまり、「この人と性的なこと(セックスなど)をしたい」という欲求を、誰に対しても抱かないということです。(※上の「注意」以下は、第2回で解説したグレィセクシュアルのことを主に念頭に置いた注記です
 以上のように、Aセクシュアルの人は、性的な意味での「好き」の感情を誰に対しても抱きません。しかし、注意してください。先ほどの「魅力」の【定義】にもあったように、Aセクシュアルだからといって、それ以外の「好き」の感情を持たないわけではありません。以下の解説は、そのことも念頭に置きつつ、ぜひお読みください。

♠美的な魅力

美的な魅力:
他の人の外見に対して感じられる魅力。それは、恋愛的な魅力でも、性的な魅力でもない。

 「美的な魅力」は、他の人の外見に対して感じられる「好き」です。皆さんも、こんなスタイルの人が「好き」とか、こんな顔のタイプの人が「好み」とか、あるのではないでしょうか。外見の特徴について、「美しいな」とか「好きだな」とか「綺麗だな」、ということです。
 大切なことは、その意味で「(外見が)好き」だからといって、その人を恋愛的に「好き」だったり、性的に「好き」だったりするわけではない、ということです。これは、すぐ実感していただけると思います。学校の男の先輩が「かっこいい」からと言って、付き合いたいとか、セックスをしたいわけではない。あるいは、女性アイドルの顔やスタイルが「好み」ではあるけど、恋愛や性愛とは関係ない。こういったことは、ありふれたことだと思います。そこで皆さんが経験しているのが、「美的な魅力」です。

♠恋愛的な魅力

恋愛的な魅力:
他の人と恋愛的に関係を持ちたいという欲求。もしくは、他の人に対する強い恋愛感情をずっと持っていたいという欲求。

 次は「恋愛的な魅力」です。これは文字通り、「恋愛対象として好き」ということです。
 上の【定義】の前半では「恋愛的な好き」が、恋愛関係をその人と結びたいという欲求、つまりは「付き合いたい」という欲求をもつこととして、説明されています。
 【定義】の後半は、ちょっと違います。これは基本的にはリスロマンティックの人を念頭に置いた説明になっています。その人と「付き合う」という仕方で、恋愛感情やパートナーシップが双方向的になることは望まないけれど、確かにその心の中の「好き」は、恋愛感情に分類される。そして、その人に対するその恋愛感情を、大切に思ったり、心地よく思ったりしているとき、その人に対して恋愛的魅力を経験している、と言います。

♠感性的な魅力

感性的な魅力:
誰か別の人と身体的な接触をしたいという欲求。その接触には、感情をこめて手で触れること、ぎゅっとすること、ハグをすること、キスをすることなどがある。ただし、こうした接触は性的なものではなく、セックスへと通じているわけでもない。

 最後は「感性的な魅力」です。原語はsensual attractionなので、「感覚に関わる魅力」と訳してもいいかもしれません。
 その内容は、上の【定義】を読んでいただくのがよいでしょう。誰かと久しぶりに出会って、思わずハグをしたくなる。久しぶりではないけど、一緒にいると落ち着くので、相手の手をそっと握りたくなる。愛おしい気持ちから、軽く頭にキスをしたくなる。こういった気持ちは、恋愛やセックスの文脈とは関係がなく、ふつうに存在しうると思います。そういった気持ち(欲求)を誰かに対して抱いているとき、その人から「感性的な魅力を経験している」と言います。

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 ここまで、「好き」の分類をご紹介してきました。最後に、こうした「好き」にも関係する、さらに2つの言葉をご紹介します。

♠恋愛的指向

恋愛的指向:
ジェンダーで分けられた恋愛的な魅力に典型的には基づく、アイデンティティないしはラベル。例えば、ヘテロロマンティック(異性恋愛)、ホモロマンティック(同性恋愛)、バイロマンティック(両性恋愛)、パンロマンティック(汎恋愛)、そしてAロマンティックなどが、恋愛的な指向である。性的指向と恋愛的指向がことなる人々が、いる(例えばバイロマンティックAセクシュアル(biromantic asexual)など)。

 はじめは「恋愛的指向」です。あまり耳慣れない言葉ですね。でも、これが「性的指向」とパラレルになっていることが分かれば、理解は簡単なはずです。
 「Aセク入門(1)」でも書いたように、性的指向は、性的な魅力に基づいています。どのジェンダーに対して性的な魅力を感じる傾向にあるのか、という方向付け(orientation)を指すのが「性的指向」です。
 同じように、どのジェンダーに対して恋愛的な魅力を感じる傾向にあるのか、という方向付け(orientation)を指すのが、「恋愛的指向」です。
 こうしたパラレルな関係にあるため、性的指向を分類する言葉と同様に、恋愛的指向にも、いろいろな分類が可能です。上の【定義】を見てください。ヘテロロマンティック、ホモロマンティック、パンロマンティック、そして、Aロマンティックなどがありますね。(※最後のAロマンティックは、誰に対しても恋愛的な魅力を経験しない、そういった恋愛的指向を指します。)これらは、ヘテロセクシュアル、ホモセクシュアル、Aセクシュアルなどの、「恋愛指向バージョン」です。
 そして、ここでも大切なのは、Aセクシュアルだからといって、Aロマンティックだとは限らないということです。例えば、誰にも性的な魅力は感じない(Aセクシュアル)けれど、異性に対して恋愛的な魅力は感じる。そういった人がいます。(ヘテロロマンティック―Aセクシュアルですね)。
 ちなみにAセクシュアルコミュニティでは、性的指向と恋愛的指向のあいだの区別と、パラレル性の考え方が定着したころから、「●●ロマンティックAセクシュアル」という仕方で、自身の性‐恋愛指向をラベリングすることが習慣化しています。(もちろん義務ではありません)

 さて、こうした恋愛的指向は、言うまでもなく、どんな人と恋愛関係というパートナーシップ(関係性)を形成していこうとするのか、という人間関係に関わっています。もちろん、性的指向も、誰を継続的な性行為の相手とするのか、という人間同士の関係性に関わっています。
 けれども、私たちの人間関係のすべてが、そうした恋愛や性愛に基づいているわけではありません。その代表は「友情」です。友人との関係は、恋愛や性愛とは別のものですよね。
 さて、Aセクシュアル(―Aロマンティック)コミュニティではさらに、そうした「友情」とも異なる、独特の関係性の考え方が発展してきました。それが「クィアプラトニックな関係性」です。

♠クィアプラトニックな関係性

クィアプラトニックな関係性:
お互いが自らをコミットさせている関係ではあるが、そのものとしては恋愛的でも性的でもないような関係。とはいえ、この関係は友情を超えた精神的結びつきに基づいており、しばしばAロマンティックの かつ/あるいはAセクシュアルの人々のあいだに成立する。

 「クィアプラトニック(Queerplatonic)」とは、「恋愛や性愛とは違った(platonic)なんだかへんてこ(queer)な」という意味です。
 上の【定義】にあるように、クィアプラトニックな関係は恋愛にも性愛にも基礎を置きませんが、友情ともまた違っています。そして、通常は、友情よりも強い精神的な結びつきがあるものを指しています。上の【定義】では、「お互いがコミットしている」、すなわちその関係性に自分の身を投じている、とされています。
 さて、恋愛関係についての厳密な定義が存在しえないように、クィアプラトニックな関係にも、厳密な定義(必要十分条件)はありません。一緒に住んでいること、一緒に子どもを育てていること、毎週末よく一緒に過ごしていること、様々な在りようのことを、人びとはクィアプラトニックな関係と呼んでいます。(それが恋愛でも性愛でも友情でもないならば)
 とはいえ、やはり想像していただきたいのです。恋愛とも性愛とも違う、でも「友情」と呼んでしまっては、その人の「特別さ」が表現できない。それくらい、お互いに信頼しあっていて、また、継続的な関係がその人との間に成り立っている。人生の中で、そういった人との時間を過ごしたことはないでしょうか。あるいは、小説や映画、漫画のなかで、そういった関係性が描かれるのを目にしたことはないでしょうか。それは、クィアプラトニックな関係なのかもしれません。
 Aセクシュアル‐Aロマンティックコミュニティは、恋愛や性愛ばかりを人間関係の基礎に置く社会の考え方に抗して、こうした新たな関係性を模索し、また、それに名前を付けてきました。それが、クィアプラトニックな関係性です。

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 以上で、今回の言葉の解説は終わりです。そして、「Aセク入門」と題した、わたしのAVEN【定義】の解説も終わりです。「入門」と呼ぶには、少し分量が多すぎたかもしれません。本当に、申し訳ありません。

 でも、言葉を軽んじることはできません。AVENというプラットホームを獲得し、Aceたちが自分の経験を言葉にし始めたとき、ようやくそこに、コミュニティが成立し、そしてまた、私たちの性的指向はアイデンティティとなりました。言葉が、すべてを可能にしたのです。
 「私たちは、誰か」。ヘテロ(異性愛者)として生きていれば、悩み苦しむ必要のないその問いに答えるために、Aceコミュニティは言葉を鍛え、言葉を増やし、創造し、また塗り替え続けてきました。ですから今回の解説でも、単なる翻訳だけでなく、その言葉が必要とされた背景となるような考え方を、なるべくご紹介しようと思いました。わたしにその難しい課題が果たせたかどうかは、分かりません。でも、「わたしは誰なのか」と問う誰かの助けになれば、それほど嬉しいことはありません。
 長くお読みいただきありがとうございました。

◆ 今回の記事で解説した【定義】の原文は次の通りです。
Attraction: A mental or emotional force that draws people together. This can be broken down into types, such as sexual, romantic, aesthetic, or sensual. This can be towards specific people, specific types of people, or a general personal feeling. Asexuals do not experience sexual attraction, but some feel other types of attraction.
Aesthetic attraction: Attraction to someone’s appearance without it being romantic or sexual.
Romantic attraction: Desire of being romantically involved with another person, or holding strong romantic feelings towards another person.
Sensual attraction: Desire to have physical contact with someone else, like affectionate touching, cuddling, hugs, or kissing, that is not sexual or does not lead to sex.
Romantic orientation: An identity or label typically based on the gendered direction of romantic attraction. For example, heteroromantic, homoromantic, biromantic, panromantic, or aromantic are romantic orientations. Some people may have different sexual and romantic orientations (e.g. a biromantic asexual).
Queerplatonic relationship: A committed relationship that is neither romantic nor sexual in nature but is based on an emotional bond beyond friendship, often between aromantic and/or asexual people.