第96回アカデミー賞予想(1/20時点)
来る1/23(火)深夜、アカデミー賞のノミネートが発表される。ゴールデングローブ賞(GG)やクリティクス・チョイス・アワード(CCA)といった重要賞が開催され、各組合賞のノミネートも続々と発表。いよいよ賞レースが本格化する中、本記事ではこれまでの勝敗や批評家たちの予想を参考にしつつ、アカデミー賞の行方を占っていく。
◆作品賞
オッペンハイマー(GG, CCA)
キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
バービー
The Holdovers
哀れなるものたち(GG)
American Fiction
パスト ライブス/再会
マエストロ:その音楽と愛と
落下の解剖学
関心領域
9月頃からほぼ入れ替わりのない安定の10作品。全作品が重要賞であるゴールデングローブ賞やクリティクス・チョイス・アワード、全米製作者組合賞(PGA)にノミネートを果たしている(クリティクス・チョイス・アワードの『落下の解剖学』と『関心領域』は、外国語映画での受賞及びノミネート)。
割り込む可能性のある作品を挙げるとすれば'May December'と『カラーパープル』だ。しかし、現実的には厳しいだろう。前者は英国アカデミー賞(BAFTA)と全米映画俳優組合賞(SAG)から完全にシャットアウトされ、後者は期待値に比べてあまりBUZZが盛り上がらなかった。
英国アカデミー賞と全米映画俳優組合賞が重要視されているのは、アカデミー賞と投票者が被っているためだ。この2つの賞から弾かれたということは、身内からかなり嫌われている可能性がある。Netflixをはじめとする配信サービスとは、ストライキで揉めたばかり。想像以上に「溝」が深いのかもしれない(『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』や『マエストロ:その音楽と愛と』についても、それが理由で投票を渋る者が存在しても不思議ではない)。
また『カラーパープル』の「例の話題」は、作品にとってマイナスにはなってもプラスにはならない。ただ、この件でダニエル・ブルックスを責めるのは全くのお門違いだろう。
◆主演男優賞
ポール・ジアマッティ(The Holdovers)(GG, CCA)
キリアン・マーフィー(オッペンハイマー)(GG)
ブラッドリー・クーパー(マエストロ:その音楽と愛と)
ジェフリー・ライト(American Fiction)
コールマン・ドミンゴ(ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男)
本命はポール・ジアマッティ。傑作『サイドウェイ』では批評家に絶賛されながらも、まさかのノミネート漏れ。しかし、この悲劇が繰り返されることはないだろう。彼の愛されっぷりは、ゴールデングローブ賞の授賞式を見れば明白だ。オスカーはコメディに対して優しくはないものの、彼の人望はおそらくウィークポイントを吹き飛ばす。
対抗は賞レースで最も勝ち星を上げているキリアン・マーフィー。名脇役としてクリストファー・ノーランの作品を支え続けてきた彼が掴んだキャリア最高のハマリ役。徹底したリアリズム演技で複雑なオッペンハイマー像を見事に作り上げた。
確かな演技力を持ちながら、運によってオスカーから冷遇されてきた二人の対決が主演男優賞のドラマとなる。
◆主演女優賞
リリー・グラッドストーン(キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン)(GG)
エマ・ストーン(哀れなるものたち)(GG, CCA)
マーゴット・ロビー(バービー)
ザンドラ・ヒュラー(落下の解剖学)
キャリー・マリガン(マエストロ:その音楽と愛と)
ストーンvsグラッドストーンの様相を呈している部門。クリティクス・チョイス・アワードでは前者に軍配。英国アカデミー賞では後者はまさかのノミネート落ち。しかしながら最終的に栄光を掴むのはリリー・グラッドストーンであると考える。今回のような接戦において、ストーンが既にオスカーを受賞していることはマイナスポイントだ。またグラッドストーンに受賞させることで、オスカーの目指す多様性に一歩近づくことができる。
マーゴット・ロビーは勝ち星こそハワイ映画批評家協会賞のみだが、2023年の顔とも言うべき人物。『バービー』でグレタ・ガーウィグに監督・脚本を任せたのは、プロデューサーである彼女なのだ。オスカーは最大の功労者を無視できないだろう。
一方キャリー・マリガンは当初有力候補とされていたが、どうにも元気がない。重要賞のノミネートは果たしているものの『マエストロ:その音楽と愛と』という作品自体のBUZZが下降の一途をたどっている。
すぐ後ろからグレタ・リー(パスト ライブス/再会)とアネット・ベニング(ナイアド その決意は海を越える)の爪を研ぐ音が聞こえてくる。……'Origin'のアーンジャニュー・エリス? ちょっと何を言っているのか分らない。
◆助演男優賞
ロバート・ダウニー・ジュニア(オッペンハイマー)(GG, CCA)
ライアン・ゴズリング(バービー)
ロバート・デ・ニーロ(キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン)
ウィレム・デフォー(哀れなるものたち)
ドミニク・セッサ(The Holdovers)
本命は“天才”ロバート・ダウニー・ジュニア。オッペンハイマーに憧れながらも嫉妬した男ルイス・ストロースを熱演。隠しきれない焦りの表情や思わずこぼれ落ちる憎しみを圧倒的な演技力で表現。
対抗のライアン・ゴズリングは食い下がっているものの、ゴールデングローブ賞とクリティクス・チョイス・アワードで二人の差が可視化した。それでも『バービー』で最も評価されたのはゴズリング。'I'm Just Ken'で男女の垣根を越えて観客の心を掴んだ。ノミネート確実と言えるのは、この2名のみ。
残りの3枠は全米映画俳優組合賞と英国アカデミー賞のせいで、予想が難しくなってしまった。マーク・ラファロ(哀れなるものたち)とチャールズ・メルトン(May December)が弾かれたからだ。またロバート・デ・ニーロにも懸念事項がある。
その一方で勢いを増しつつあるのがドミニク・セッサだ。チャールズ・メルトンの躍進や'The Holdovers'の二人の陰に隠れがちではあるものの、新人ながら賞レースでは常に6~7番手に付けている。英国アカデミー賞のノミネート入りも果たして勢いがある状態だ。どんでん返しがあってもおかしくない。
◆助演女優賞
ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ(The Holdovers)(GG, CCA)
エミリー・ブラント(オッペンハイマー)
ダニエル・ブルックス(カラーパープル)
ジョディ・フォスター(ナイアド その決意は海を越える)
ペネロペ・クルス(Ferrari)
12月からメンバー変動なし。ダヴァイン・ジョイ・ランドルフで、ほぼ決着の部門。賞レースでもほとんど取りこぼしがなく、圧倒的に勝ち続けている。余程の事が起きない限りは彼女で決まりだろう。それこそなにかの間違いで『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』のリリー・グラッドストーンがこちらにノミネートされるほどのことがない限り。
5枠目が難しい。チャンスがありそうなのは前哨戦で2番手に付けているレイチェル・マクアダムス(神さま聞いてる? これが私の生きる道?!)、13歳の少年との性的関係によって逮捕された女性を演じたジュリアン・ムーア(May December)、終盤のスピーチで見せ場をさらったアメリカ・フェレーラ(バービー)辺り……と思いきや、彼女たちは全米映画俳優組合賞から弾かれてしまった。
ここは俳優仲間からの信頼が厚そうで、競った時に強いペネロペ・クルスを選択。『パラレル・マザーズ』の再現なるか。
◆監督賞
クリストファー・ノーラン(オッペンハイマー)(GG, CCA)
マーティン・スコセッシ(キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン)
ヨルゴス・ランティモス(哀れなるものたち)
グレタ・ガーウィグ(バービー)
ジョナサン・グレイザー(関心領域)
クリストファー・ノーランが強力なフロントランナー。ゴールデングローブ賞に続いて、クリティクス・チョイス・アワードと重要賞を立て続けに制した。前哨戦の勝ち星は他の4人が束になっても敵わない。おそらく全米監督組合賞(DGA)や英国アカデミー賞、本戦のアカデミー賞も圧勝することになる。
作品の評価や興行収入、唯一無二の作家性、大作感、ハリウッドへの貢献度……必要なものは全て揃っている。ウィークポイントは存在しないと言っていい。
彼は20年以上ハリウッドの最前線を走り続けてきたものの、未だにオスカーでの勝ち星はない。ファンは長年悔しい思いをしてきたが、2024年にようやく過ちは改められるだろう。
◆脚本賞
The Holdovers
パスト ライブス/再会
落下の解剖学(GG)
マエストロ:その音楽と愛と
May December
『バービー』が脚色賞に移ったことにより運命が変わった部門(ちなみにエイヴァ・デュヴァーネイの'Origin'も脚色賞扱いになったそうだが、そのことよりも昨年の『To Leslie/トゥ・レスリー』を彷彿とさせるようなキャンペーンの方が話題)。公開時期が早すぎた『AIR エア』にも、ノミネートのチャンスが出てきた。
今年はストライキの影響で、全米脚本家組合賞(WGA)の発表がオスカーの後になり、予想が難しくなってしまった。現状では前哨戦で最も勝ち星を上げている'The Holdovers'が本命だ。アレクサンダー・ペインの演出よりも、脚本が評価されている。
'May December'は前哨戦の成績は申し分ないものの、作品自体が嫌われている可能性が高い。ノミネートを果たせるかギリギリのライン。その一方で怖いのは身内からやたら好かれている『Saltburn』だ。サプライズノミネートなるか。
◆脚色賞
バービー(CCA)
オッペンハイマー
American Fiction(CCA)
哀れなるものたち
キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
賞レースで最も勝ち星を上げているのは『オッペンハイマー』だ。本作がフロントランナーであると予想する批評家も多い。ただ筆者の考えでは、オスカーはこの部門で「今年の顔」に敬意を表す。
『バービー』は決してオスカー好みの作風ではないし、グレタ・ガーウィグが製作を兼任していないことから、作品賞や監督賞は厳しい。しかし『レディ・バード』『リトル・ウィメン』とヒットを連発し、リスクを負いながらも『バービー』という特大ホームランを放ったガーウィグを労いたい者は多いはず。ついでに『マリッジ・ストーリー』で受賞が叶わなかったノア・バームバックにもオスカーをあげられるのでお得である。
◆美術賞
バービー(CCA)
哀れなるものたち
オッペンハイマー
キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
アステロイド・シティ
『バービー』が賞レースを独走中。文句なしのフロントランナーだ。徹底的にピンクを使い、あくまで玩具としてのセット作りに拘った本作が栄光を手にするだろう。
対抗は一応『哀れなるものたち』だが、賞レースで1位に全く歯が立たない。
撮影日数を削ってでも町を一つ作ることに拘った『オッペンハイマー』はこの部門でもノミネート有力。
◆撮影賞
オッペンハイマー(CCA)
キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
哀れなるものたち
マエストロ:その音楽と愛と
関心領域
IMAXカメラを手持ちで撮影する男、ホイテ・ヴァン・ホイテマが大本命。新レンズとIMAX用モノクロフィルムを引っ提げて、現在賞レースを独走中。
◆衣装デザイン賞
バービー(CCA)
哀れなるものたち
キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
オッペンハイマー
ナポレオン
「衣装デザイン賞」と「美術賞」は『バービー』の一人勝ちという雰囲気になっている(個人的な希望を言えば、この部門に関しては『哀れなるものたち』を推したい)。有力候補と見られていた『カラーパープル』は組合賞から弾かれてしまった。
記録に基づいてオセージ族の衣装を忠実に再現した『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』もノミネート有力。
◆編集賞
オッペンハイマー(CCA)
キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
哀れなるものたち
バービー
The Holdovers
ジェニファー・レイムの編集はマジックとしかいいようがない。過去・現在・未来が錯綜しながらも、観客は混乱することなく見ることができる。時間軸の異なる2つのクライマックスをクロスカッティングを駆使して重ね合わせ、観客の緊張感と高揚感は頂点に達する。
前作『TENET』は興行的に失敗したために冷遇されたものの、今回は堂々たる本命。
◆メイクアップ&ヘアスタイリング賞
マエストロ:その音楽と愛と
哀れなるものたち
オッペンハイマー
Golda
雪山の絆
ブラッドリー・クーパーにバーンスタインそっくりの変身メイクを施した『マエストロ:その音楽と』が本命。当初付け鼻が批判されたものの、バーンスタインの遺族の擁護によって許された感アリ。
◆作曲賞
オッペンハイマー(GG, CCA)
キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
哀れなるものたち
スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース
関心領域
ルドウィグ・ゴランソンが手掛ける『オッペンハイマー』が本命。複雑な人物の内なる葛藤を巧みに表現。
◆音響賞
オッペンハイマー
マエストロ:その音楽と愛と
Ferrari
関心領域
キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
『オッペンハイマー』でほぼ決着。上記以外でノミネートのチャンスがありそうなのは『ザ・キラー』あたりか。
◆視覚効果賞
ザ・クリエイター/創造者
ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3
ゴジラ-1.0
スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース
哀れなるものたち
『デューン 砂の惑星 PART2』の公開が延期になり、有力候補と見られていた『オッペンハイマー』が弾かれたことで異常な事態になっている部門。
批評家賞で最も勝ち星を稼いでいるのは、なんと『ゴジラ-1.0』だ。製作費は1,500万ドルと、この部門の作品では破格の安さとなっている。批評家・観客からの評価も高く、アメリカでの興行成績も予期せぬヒットを記録した。
本命の『ザ・クリエイター/創造者』もSF大作としては、比較的小規模の8,000万ドルだ。グリーンバックの使用を最低限に抑え、実際に撮影された風景に施されたVFXが高く評価されている。ただこちらは作品評価、興行収入ともに伸び悩んでいる。チャンスはあるはずだ。
◆長編アニメーション賞
スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース(CCA)
君たちはどう生きるか(GG)
マイ・エレメント
ニモーナ
ロボット・ドリームズ
当初は『アクロス・ザ・スパイダーバース』で決着と思われていたものの、トロント国際映画祭で『君たちはどう生きるか』が公開されると雲行きが変わってきた。『スパイダーバース』は途中から始まり、途中で終わる物語だ(ただ、グウェン・ステイシーの物語としては綺麗に収まっている……とも)。その上、続編である『ビヨンド・ザ・スパイダーバース』も控えている。「毎回アカデミー賞を与えるのか? 『君たちはどう生きるか』は1本できちんと終わっているし、宮崎駿がアカデミー賞を受賞できるのは今回が最後かも……」という心理が働く可能性はある。勝ち筋が見えてきたか。
◆主題歌賞
I'm Just Ken(バービー)(CCA)
What Was I Made For?(バービー)(GG)
Road to Freedom(ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男)
It Never Went Away(ジョン・バティステ アメリカン・シンフォニー)
The Fire Inside(フレーミングホット! チートス物語)
◆国際長編映画賞
関心領域
雪山の絆
枯れ葉
PERFECT DAYS
ポトフ 美食家と料理人
◆長編ドキュメンタリー賞
実録 マリウポリの20日間
ジョン・バティステ アメリカン・シンフォニー
Four Daughters
ビヨンド・ユートピア 脱北
STILL:マイケル・J・フォックス ストーリー(CCA)